place1::ヲタ芸隊長と編集長

10/20
前へ
/146ページ
次へ
 2人の手先の動きが変わる。体のキレが一気に冴える。踊り出した彼女たちは『ぼくのまちおんど』の「お遊戯」とは別格の激しい動きで、ステージの上から、しなやかに客席を切り裂いてゆく。  男たちの地響きのような歓声。勝が跳ねるように動き始める。部屋で一度見せられた超高速のヲタ芸。洋一はカメラの録画ボタンをタップ。ピントが合わない。勝が速すぎるのだ。  心の中だけで、やっぱすげーな、と呟く。何とか調整してその動きをフレームに入れる。ブレまくりだ。まあこれも「非公式」感があっていいだろうけれども。  リトルアリスの2人のダンスも、速い曲にさらに速い動きを乗せるような驚異的なステップなのだ。勝いわく、「8ビートの曲で16ビートで踊るような」動き。彼らは勝手にそれを「倍速」と呼んでいる。とてつもない速さ、それでも決して歪まず揺れない綺麗なダンス。15cm以上身長差のある凸凹コンビの2人だが、その高さの差異をもダンスの中でうまく利用する。決して、2人が同じ動きや左右対称の動きだけをやっているわけではない。  圧倒的なのだ。  彼女たちは、歌手というよりはダンスユニットに近い。配信で出している曲も、彼女たちの声が乗っている部分は全体の半分に満たないような、やたらとインストゥルメンタル部分が長い曲が多い。歌っていない部分は、彼女たちは全身全霊で、踊る。  ダンスを目にしたファンたちは口を揃える。リトルアリスに比べたら、トーキョーくんだりで活動する全国的なアイドルユニットの動きなんて、ダンスと呼ぶのはおこがましい。幼稚園児のお遊戯以下だ、と。過激な勝の仲間の1人は「(有名アイドルユニットのダンスは)あんなのはナマケモノのアクビみたいなものだ」とまで真剣な顔で言い切ったりする。そりゃ言いすぎだろうと洋一は思ったけれども。  とにかくも。  この街からほとんど出てゆくことがないリトルアリスのこの「ダンス」を直接見るためには、交通費をかけて被災地にやってくる以外にない。これも、リトルアリスが背負った「復興アイドル」としての役割の1つ。彼女たちの活動は、街の、そして周辺被災地の「観光資源」として利用されている。リトルアリスもそれを受け入れており、全国に知名度を上げるためのメジャーデビューや、東京に出て行って活動するなどということはしないつもりと言い切っている。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加