place1::ヲタ芸隊長と編集長

14/20
前へ
/146ページ
次へ
 全てのイベントが終わり、手を振りながらステージの両手に彼女たちは退場する。アンコールはないのがお約束だ。もちろん、その作法を知らないツアー客は何かを期待して手拍子したりするので、数分後に彼女たちの声で「定例ライブにはアンコールはないのです、ごめんなさい! また来月、会いにきてくださいねー」というアナウンスが流れたりする。  充実感と感想のさざめき合い。終わった直後に、屋外エリアから続く屋内エリアへと動き出す人並み。勝はぐいーっと伸びをして、後ろのカメラマンを振り返る。 「どうよ?」  既にSDカードに保管されたその動画を、洋一は勝に見せる。予想通りブレまくっている。スピード感だけはムダにある。 「やっぱオレ、速いなあ」  バックグラウンドに映っているリトルアリスの2人も相当に速い。勝はその5分程度の動画に満足そうにうなずいて、 「音、割にキレイに入ってんな」 「だね。スマホにしてはいい音で撮れてると思う」  隠れ公式の役割は、音を全国に公開することでもあるから。  仲間たちも代わる代わる覗き込み、この手の動きがとか、腕の振りがとか、言い合っている。あくまでヲタ芸として作る勝のダンスは、下半身のバリエイションは極端に抑えられている(やたらと足を使って動き回るのは他の客に迷惑だからだ)。勢い、腕が派手になる。頭も時々。元々、足腰のステップも激しかったヒップホップに比べるとずいぶん様変わりだ。 「隊長ー、初心者バージョンも考えて欲しーッスよー」 「曲調によっちゃ考えるぜー。どーもこういう、ケミカルハイスピードなのは動いちゃうんだよなー」  ちなみに「ケミカルハイスピード」が何なのかは洋一にはさっぱり分からない。仲間たちはうなずいているところをみると理解しているらしい。ダンサーのセンスなら知っている感覚なのかもしれない。 「んじゃ本日はここで解散ッ!」  なぜか最後は敬礼で終わる。奇妙なヲタ芸仲間。 「止まってるとさみぃー。入ろうぜ。ステラ・カフェ寄る?」  勝のこの提案もいつものこと。同じ階の屋内エリアにあるシアトル系コーヒーショップ。 「寄ってく。あったかいの飲みたいし。この動画もすぐ上げちゃいたい」 「りょーかい」  満足げな笑顔と敬礼。まったくもって普段どおりだ。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加