place1::ヲタ芸隊長と編集長

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 結局その日はTシャツを何枚か買っていた。ただし長袖の。この手のインナー系はいくつ持っててもいいもの、らしい。  店を出た2人は、どんよりと曇ったまま日暮れてゆく空の下を歩く。雪は電車に揺られている間に小降りになっていた。ライブの時にだけ降ったみたいでなんだか意地の悪い雪だ。  勝が「常連」のしまむらから彼の住まいまでの間は、だだっ広い平坦な土地が続いている。元々田畑が広がっていたエリアが沿線の鉄路の整備で徐々に開発され、さてここに何を作りましょうかと街ぐるみで考えていた時に、あの震災がやってきた。  そしてここは「仮設銀座」になった。  整地されただけで何もなかった広い内陸部の平地は、即座に仮設住宅用地として確保され、街では最大級の仮設住宅群が立ち現れた。  「仮設」住宅だったはずのそれらの一部は、既に5年を超えていてもまだなお健在だ。薄っぺらい壁の、積み木のようなプレハブ住宅。本来の仮設の目的は、そこに住む2年の間に被災者が次の身の振り方を決めるためのものだったはずだが、しかし、2年なんて短い時間では将来設計が立てられない層は、いつまでもここから抜け出すことはできない。高齢だったり、病があったり。働いて稼いで自立するというシーケンスを自分の未来として見据えることができない人たち。  だから今でも、この辺り一帯は「仮設銀座」のままだ。仮設住宅の住人や、そこにやってくる客たちを目当てに、新規で食料品店やらコンビニやらが出店攻勢をかけるようになってしまっては、もはやこれを「仮設」と呼んでいいのかどうかすら分からない。とびきり家賃の安い安普請賃貸物件、ただそれだけだ(2年を過ぎてからは家賃を取るようになった)。勝に言わせれば、いろいろ新しい店ができて便利になった、ということにはなる。  歩きながら、勝は音楽の話やダンスの話を取りとめもなく喋り、洋一はただ隣でにこにこと聞いている。普段暮らす東京では、こんな風にくだらないことを話せるような「友達」はいない。人間関係と言えば仕事上のものがすべて。勝もまた、隊長と呼ばれて慕ってくれる仲間と洋一とは次元が違うんだろう。恐らくは。
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