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「そんじゃ、ディナータイムといきますか」
「あ、充電させて、スマホとモバブー」
モバブーとはモバイルブースターのことだ。スマホに使っている予備充電地。
「もちろんもちろん」
テーブルタップに接続して、2人は階下に向かう。
──このところ、毎月こうして初枝と勝と洋一で食卓を囲んでいる。普段は勝が祖母と一緒に食事を取ることも少なくなっていると聞くが、洋一がいる時はこうして一緒に食べる。それは、震災で家族を失った洋一に対する気遣いなのかもしれない。洋一にとっても、たとえ話が盛り上がったりしなくても、誰かと一緒に手料理を囲むという体験はもうここにしか残っていないのだ。大切だとは、感じている。既に自分の帰る家はこの街にはない。あるとすれば、ここだけ。勝の家に間借りする、仮の団欒だけ。
テレビには動物番組が映っている。この家で初枝たちと食事する間は、ニュースがBGMになることは全くない。被災地のローカルニュースでは、未だに震災の報道は途切れない。もちろん忘れないことは必要なのだけれど、失った家族を偲んで泣く人々の映像を見ながらむしゃむしゃゴハンを食べる気にはなれないのだ。他人事なら平気なんだろうけれど、当事者だから。近すぎるから。
まるで日常のような一コマ。あの日がなければ自分にとってもこんな日常はもちろん続いていたんだろう。それを振り向いても仕方ない。
明日、洋一は東京に戻る。遅番メインのネットカフェ店員の日々が待っている。今はただ、月に一度の、ほんの少しだけ眩しい日常。
──今年もまた。あの日が、もうすぐやってくる。
── place1::writing BGMs;
『Glorious Days』布袋寅泰
『君のため』The Blue Hearts
『ナイショの話』ClariS
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