place2::翼セクサロイド

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 と言っても、志津が知るプライベートはもう5年以上も前のことだ。彼がまだ中学生の時。  志津にとって翼は、親友の弟だった。同じ高校に通う大親友の香穂。  今でも志津は大親友だと思っているけれど、本当はもうそろそろ、大親友「だった」と言わなければならないのかもしれない。志津の中ではまだ、まったく諦めきれてはいないのだけれど。  もう望みは薄い。それも理解はしていても。  頭で理解していても。  メールアドレスも電話番号も変えられない。いつか、いつか香穂が「久しぶり!」って連絡してくれるんじゃないか、その願いは捨てられない。  おそらく翼だってそれは同じはず。彼も姉の帰りを待っているだろう。  そう。  香穂の命日は3月11日。あの日、香穂は自宅ごと行方不明になった。  波が引いた後、親友の家が土台だけになってしまったのを見て、志津はあちこちの避難所を狂ったように探し歩いた。母も心配して手伝ってくれた。結局、香穂もその家族の行方も未だ不明のままだ。  避難所の1つで、彼とは出会えた。弟に。泣きながら問いただした。彼もまた、姉も母も父も、そして一緒に暮らしていた祖母にも再会できていないことを聞いて、志津は号泣した。するしかなかった。高台に建つ家から街が黒い海に飲まれてゆくのをただ見ていた自分を責めた。  翼は疲れきっていた。きっと志津だけではなかったのだ。家族の知り合いという知り合いに、お姉さんは、お父さんは、お母さんは、おばあちゃんは、と、さんざん聞かれていたのだろう。志津の母が先にそれを察して、「家に来なさい」と言ったのだ。  志津には兄がいた。その時には東京の大学に通うために家を出ていて、たまに帰省する時にしか使っていない部屋があるから。香穂は生きていればきっと志津に連絡する。志津のそばにいればお姉さんと連絡が取りやすいのではないか。少なくとも、限界を超えてもはや「収納」という言葉を使いたくなるほど人がぎっちり詰め込まれている避難所よりはマシな環境のはずだった。避難所しか行くあてのない人たちにとっても、人数が減る方がありがたいだろう。
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