place2::翼セクサロイド

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 その説得に頷いて、翼は、避難所のメッセージボードに張り紙を残して志津の家に来た。新幹線が復活するまでの約1ケ月半、居候していたのだ。兄も新幹線が復旧するまでは帰省の足がなかったので、電気が復活してすぐ、事情を知らせておいた。もしサイズが合うなら置いてきている昔の服は全部貸してあげて、と返事が返ってきたことを覚えている。  当時の彼のことを思い出すと、志津は胸の中がもやもやする。彼は人形のようだった。兄の部屋でただ座り込んでいるだけの。  前倒しされた春休み。志津は避難所を巡って香穂の手がかりを探すことだけに費やした。ただ、弟自身はそんな気力すら沸いてこないようで、声をかけたのだけれど、最後まで家族を探そうとはしていなかった。  諦めていたのかもしれない。  翼が避難所で志津に会う前に、何を見ていたのか、志津は知らない。聞けるはずがない。でも、ここまで何もしていないとなれば、悪い想像はいくらでも思いついた。何らかの形で家族が、家が流されるのを直接目撃してしまったのかもしれない。あるいは、翼を助けるために家族が犠牲になるようなことがあったのかもしれない。  いずれにせよ、志津は香穂を探した。志津の父も、香穂の自宅の電話番号やケータイ番号等を志津から聞き出し、それをキーに、パーソンファインダーや災害伝言板等、思いつく限りのオンラインメディアに広く登録してくれた。  それでも結局、何も情報は得られなかった。  志津の父も相当翼を気にかけてくれていた。ずっとぼんやりしたままで動こうとしない彼のために、昔使っていたという古いCDラジカセを引っ張り出してきて、自分の持つCDで聴きたいものがあれば何でも貸すから気分転換したら、と翼に渡した。  この提案は効果があった。翼はそれから、父が持っている昔のCDのいくつかを聴いてずいぶん表情が明るくなった。たくさん話をするとまではいかなかったけれど、口数も増えた。志津には、ガラス玉のように虚ろだった瞳に色が戻っていたように、見えたのだ。  4月の半ばごろ、遠方に住む彼の叔母が、パーソンファインダーを手がかりに翼を見つけ出して連絡をくれた。もし彼の家族が未だ誰も見つかっていないようなら、一番近い血縁は自分だから、里親になると。震災孤児が受け取る様々な支援も調べていてくれていた。
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