ヘタから始める合唱曲

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 あれ、どっちだったっけ?  私はピタッと足を止めた。放課後は合唱部の練習がある。  いつもは音楽室や空き教室を使うのだけれど、もうすぐ新一年生の歓迎曲を披露するために練習を重ねている。もしかしたら体育館に集まる予定だったかもしれない。  そう思って、私は音楽室に行く渡り廊下に立ち止まっていた。  ちょうど、合唱部の部長の瀬能せんぱいがこちらに向かって歩いてくるところだった。  背が高くて、ピアノが天才的にうまい先輩だ。合唱部でみんなのあこがれの的の三年生。  私は手を振って瀬能せんぱいに気づいてもらえるようにした。 「せんぱーい! 練習ってどこでやるんでしたっけ?」  やさしいせんぱいのことだ。すぐに笑って教えてくれるに違いない。  私はそう思い込んでいた。……だけど、予想は裏切られることになった。 「んだよ?」  せんぱいに睨まれた。蛇みたいな顔で。  大ショックだった。私のやさしい瀬能せんぱいはどこへ……? 「え、でも、今日……」  今度は無視されてしまった。  どうしちゃったの、せんぱい。  結局、練習は体育館だった。  教室を一通り回った後で、ようやくたどり着くことができたのだ。  私は、体育館にいた友だちの姿を見つけて少し安心した。 「瀬能せんぱいに無視されちゃったよ~っ」  どんよりした気持ちだった私は、「遅いじゃん。どうしたの?」と聞いてくれた実里に抱きついた。  せんぱいのことは密かに(実里や周りの人はとっくに知ってるけど)好きだったのに。 「それってもう一人の方じゃない?」  近くにいた宇川せんぱいが言った。  宇川せんぱいは合唱部の三年生で、いつもソプラノを担当している。とてもきれいな高い声が出るからいつもすごいなって思ってる。 「もう一人、ですか?」私が聞いた。 「そう。あの人双子なんだよ」 「ふたごぉ?」  思わず声が裏返ってしまった。 「へー、一年もやってて知らなかったんだ。二人ともけっこう有名なのに」  宇川せんぱいは面白そうに言った。  そこに、パンパンと手をたたく音がした。  瀬能せんぱいがやって来ていた。 「よーし、練習始めるよ。並びの順番、分からない人はいる?」  瀬能せんぱいが言った。 「あ、あの私……」  先週、一度風邪で休んでいた私はおずおずと手を上げた。  本当にさっきの人とは違うのか注意深く瀬能せんぱいを見ながら。
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