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「ああ、優香ちゃん。よかった。風邪治ったんだ。きみは、ソプラノだよね。宇川さんの前だよ」
「は、はいっ」
「みんなでいい歓迎会にしような」
にっこり笑って瀬能せんぱいが言った。
確かにさっきとはまるで別人。
そして、本当に別の人だった。
瀬能せんぱいが双子だという事実を目の当たりにしたのは次の日のお昼休みだった。
よりによって、じゃんけんで負けて、実里や友だちみんなの分の菓子パンを買いに行かされた時に。
菓子パンのどっさり入った袋を二つ持って渡り廊下を走っていると、前から瀬能せんぱいが出てくるところだった。
どうしよう、緊張する…!
とか思ってると、後ろからも人が来た。何気なく振り向いて私は卒倒しそうになった。後ろにも瀬能せんぱいがいる!
前も後ろも瀬能せんぱい。
(ぐるぐるぐるぐる……)
混乱していると、二人の瀬能せんぱいは顔を合わせた。
「典人(のりと)! 珍しいな。会うなんて」
片方の瀬能せんぱいが言った。
「なんだ、直人かよ。ここは俺の領域だから来るんじゃねーよ」
もう片方のせんぱいが言った。
二人とも、顔も声も同じ。
でも、このセリフで見分けがついた。
それに良く見ると、服装も違ってる。瀬能せんぱいはネクタイをしてるけど、もう一人(典人と呼ばれた人)の方はしてなくて前をはだけている。そういえば、髪型も少し違っているような。
「優香ちゃん、どうかしたの?」
瀬能せんぱいが私に聞いた。
「あ、えっと……」
言い淀んでいると、典人せんぱいと目が合ってしまった。
「お前この前の……!」
ぎっとにらまれた。なんだか怖い。
瀬能せんぱいは、ふしぎそうに私のほうを見ている。
二人の瀬能せんぱいに見つめられて、手に変な汗をかいた。
私は「友だちが待ってるので~」とか言ってその場から逃げてった。
本当に双子だったなんて、びっくりだった。
その日の放課後、また典人せんぱいに会うなんて思いにもよらなかった。
音楽室に集まっていた合唱部員は、パートごとに分かれて練習を始めていた。
そこに、はやくはやく、と新入生たちが急かして誰かを連れてきた。
瀬能せんぱいだった。
(せんぱいは後輩に人気があるんだなぁ……)
そんなことを思っていると、
「弾きゃあいいんだろ」と、瀬能せんぱいが言った。
私はその一言を聞いて固まった。
もしかして、この人は……。
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