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ぶっきらぼうな答えと共に振り向いたのは、イヤホン付けた頭。
典人せんぱいの方だった。
私は少しがっかりした。声までかわいく取り繕ったのに。
「なんだ、下手な方か」
思わず口にしたこの一言は余計だった。
つぶやき声だったにもかかわらず、典人せんぱいにはばっちり聴こえていた。
口は災いのもと。慌てて黙ったけど、もう遅い。
「なんつった?」
睨まれて私は後ずさった。かなりの迫力がある。
立ち上がられると、せんぱいはさらに大きくなって怖さが増した。
「…えっと、ですね」
私には、もう一度同じことを言う勇気はなかった。
「もー一回言ってみろやーっ!」
その後は、鬼の形相で追いかけられた。
ひーひー言いながら走って、なんとか逃げ切れた。
今度からは瀬能せんぱいって呼ぶのはやめようと誓った。そうすれば、相手を間違えて呼ぶこともないはずだから。
音楽室に集まっていた私は、見間違えたかと思った。
だって、典人せんぱいがいるんだから。
足組んでファッション誌を見てた宇川せんぱいも唖然として典人せんぱいを見てた。
そうしたら、顧問の川口先生と瀬能せんぱいが来てみんなに紹介した。
「こちら、瀬能典人くんだ。臨時の合唱部員になるからよろしくな」
他の部員たちもびっくりしていた。
この前、耳をつんざくような演奏で一年生を泣かせて帰った人だし。
典人せんぱいは、瀬能せんぱいと川口先生の間にはさまれて、何か言いたげな表情をしていた。
後で瀬能せんぱいに聞いたことによると、典人せんぱいは音楽の授業をサボりがちで単位を落としそうだったらしい。そこで、音楽の担当の川口先生に相談したら、歓迎会の練習にすべて出て本番にも出てもらうことで合意したんだって。
これで、『典人せんぱいに音楽を好きになってもらおう作戦!』が始まる。
初回から典人せんぱいは実力を発揮した。実力といっても上手なほうじゃなくて下手の実力。
予想通り、ううん、予想以上かもしれない。
典人せんぱいは音をはずしてはずしまくっていた。
まるで一人だけ違う別の曲を歌っているみたいだった。
練習中、私は笑いをこらえきれなくて吹き出してしまった。
「……なに笑ってんだよ」
典人せんぱいは顔が赤くなっていた。
「だからこーゆーのはだめなんだって……」
ぶふっ。
また笑ってしまった。
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