1人が本棚に入れています
本棚に追加
私が笑ってたからか、典人せんぱいが疑わしそうに一度私を見て、また直人せんぱいを見た。
「お前ら、二人して頭を豆腐の角にぶつけてきただろ?」
そうこうしているうちに、新入生歓迎会の日になった。
私たち合唱部は出番が近くなって、体育館の外で待機していた。
私は落ち着かなくて、思い出せるおまじないを実里と二人でひと通りやってみた。
体育館の階段下では、顧問の村上先生が典人せんぱいと何か話し合っていた。
典人せんぱいは、眉間にしわを寄せている。どうしたんだろう。
『運転』とか、『代わり』とか聴こえたけど何の話かは分からない。
ダンス部の発表が終わったらしい。ラメの入ったキラキラの衣装が遠くから見えた。
もうすぐ本番だ。
「……大丈夫かな」
不安そうな声がして、隣りを見ると宇川せんぱいだった。
せんぱいらしくない発言だ。
「大丈夫ですよ。たくさん練習しましたしっ」
私は緊張をやわらげようと明るく言った。
ところが、宇川せんぱいは首を振る。
「違うんだ。直人がまだきてないの。学校に来る途中で車が急にバックしてきてぶつかったらしいの。今、病院にいるって」
うそ。そんなことってあるの?
信じられない気持ちだった。直人せんぱいが事故に遭うだなんて……。
私は呆然とした。
時間は待ってくれない。
とりあえず、時間が来たので舞台の上に立ったものの、部員はみんな沈んだ表情をしていた。
だって大事な伴奏者がいないんだから。
でも、司会の人たちがぎりぎりまで話を長引かせてくれて、直人せんぱいを待っていてくれた。
急にソプラノの部員たちがざわついた。誰かが舞台に上がってきた。
待ちに待った伴奏者の登場だ!
と、思いきや。
出てきたのは、直人せんぱいではない。あれは、典人せんぱいだ。
乱暴なお辞儀をして、椅子に座ると典人せんぱいは鍵盤に指を置いた。
もしかして奇跡が起きるのだろうか。
私はどきどきしてきた。手汗をかいてる。
典人せんぱいと直人せんぱいは双子だ。実は典人せんぱいにも音楽の才能がちゃんと存在していて、それがたった今開花した、とか。それか、直人せんぱいの音楽魂が典人せんぱいに乗り移ったんじゃないかないか、とか。
でも、そのどちらでもなかった。
めちゃくちゃな音が体育館にいるすべての人の鼓膜に突き刺さった。こんなの弾いてるなんて言えない。
最初のコメントを投稿しよう!