ねぇ君よ

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美しく、儚げなその一雫と形容してみた。わたくしといふ個人の頬を伝ふそれなどにはとても綺麗すぎますっと、彼女はそう文を綴るかもしれないけど、僕の目にはそれだけ綺麗に映った。 窓を叩く激しい雨、空を見せない黒い憂鬱、相対的に白いのは彼女の横たわるシングルサイズのベッドだった。皮肉だろうか。それは少しだけ美しくも思えた。 目が眩むような真っ白い室内に、同色のベッド、横たわる彼女が来ている服も同じ白。備え付けられたテレビを除けば、ぞっとするほど一色に統一されたその部屋で、僕という存在は浮いているのかもしれない。 いらないのかもしれない。拒まれているのかもしれない。そう思う。 最後の彼女が見せた笑顔が泣いていたのをまざまざと見せつけられたようで、僕は言葉を失った。 昔、彼女がお気に入りの書籍から、この言葉が特別好きなのよっと、1ページの1セリフを見せてもらったことがあった。今ふと思い出したのは、そのセリフだ。 『淋しくつて不可ないから、又来て頂戴 』 今になって思い知った。叩きつけられた。突き飛ばされた。言葉の重みが胸を締め付ける。また来てと言っても、もう来ないのでしょう。淋しくっても、もう来ないのでしょう。 僕はその小説の続きを知らないから、その言葉がどうなってしまうのかは知らない。例えば僕の人生が物語なら、しかしその言葉は悲しさを帯びるのだろう。 夏目漱石の小説だ、っと彼女は言っていただろうか。その一単語があるのは。 知っている。夏目漱石。僕は彼の小説ではないが、言葉で、とても胸をくすぐられた一つがあった。 それを例えば彼女の横でそっとささやけたら、喜んでもらえたのだろうか。もう少し早く、あと三日早くそれを口に出来ていれば、少なくとも彼女に僕のこの気持ちは届いただろうか。 やり場を無くして、俯いた。 とくれば投げやりだ。僕は彼女に、もう『わたくしといふ現象を意にも介せなひ』彼女に、僕はその一つを投げ捨てた。 「月が綺麗ですね……」 ――遠くの君へ届かなきかなこの想ひ。
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