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引っ越しは思いがけず大きなものとなった。
当たり前だ。
この古い家には既に3代に渡って住み着いている。
祖父母が暮らした家。
既に他界した母は頑なにこの家に住み続けていた。
「いつか、お父さんが帰ってくるかもしれないから、その時に娘の私がいないと。お父さんは寂しがりだったから」
そう言って朗らかに笑っていた。
母からは祖父は、根無し草の旅人なんだと聞かされていた。
20年以上帰ってきていないのだから、もうこの世にいないんじゃない、と何度も思った。
けれど、母はこの家を離れようとはしなかった。
母がこの世を去って、今年の春に私も結婚が決まっている。
父は、この家を売って田舎へと移ることにしたらしい。
その準備のための荷造りは、年代物を掘り出す、宝探しのようだった。
訳もなく子どもの頃を思い出して楽しい気分になっていた。
埃の立ち上る部屋の隅。
そこにも棚から落ちていたらしい本が数冊散らばっていた。
一冊一冊、狭い本棚の隙間を手をいっぱいまで伸ばして取り出していく。
最後の一冊を引っ張り出した時、長袖のシャツは埃まみれになっていた。
本棚の隙間に落ちていた本たちも同様で、思わず顔をしかめる。
―ああ、これはもう処分かな―
本当は本を処分するのは好きじゃないけれど、仕方ない。
最後に取り上げた本は軽く叩くだけで玉のような埃を落とした。
それが衝撃となったのか、本に縫い付けられた文字が顔をだした。
「…?」
ロイヤー・キャンプソン
祖父の名前だった。
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