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「大丈夫ですか!」
俊は、そう叫びながら、窓ガラスをノックする。
気付いた運転席の老人が、窓を開けた。
「大丈夫ですか?」
もう一度、俊が問いかける。
「はあ、ケガはないけっとも、道に迷っちまってねえ。帰り道を右往左往して探す内に、うっかりスリップしちまったんですわ」
老人は、硬く照れ笑いを浮かべている。
「お婆さん、だいじょうぶ?」
俊は、やや声を張って、奥の老婆にも尋ねる。
「は、はい、ケガはしなかったけど、もうビックリしちゃってえ」
老婆は半べそをかいている。
「とにかく、いったん外へ出ましょうか」
俊は、まず運転席の老人の腕をひいてやる。
老人は、自分の足が地面につくと、すぐに妻の方へ手を差し伸べてやっているが、助手席からの移動は年寄りにとって、容易なことではない。
俊も、老人の後ろから力を貸してやる。
ようやく、老婆は車から通りへと這い出てきた。
「ああ、キモを冷やしちゃったよう」
独り言のようだが、明らかに夫をなじる調子を含んでいる。
老人は、ただ憮然とするばかりだ。
「タイヤ、持ち上がるかな」
俊は、車の前に回り込みながら、つぶやく。
だが、左前輪はスッポリと田んぼの溝にはまっている。これを出すためには、俊自身が泥田の中に入らねば無理である。
「うわー」
反射的に尻込みだ。
「いいです、いいです、なんだっけ、ジャスを呼びますから」
明らかにJAFと言いたかったのだろうが、老人の声は弱々しい。
「ジャフ、時間かかるかもねえ、おじいちゃん」
夜になるともっと冷え込むし、近所には待機できそうな喫茶店とかコンビニなどが、一切存在しない土地柄なのは、俊は熟知している。
「どうするかなあ」
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