「白い鼻」 リュース・匙田 作

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 突然、前方に沼が現れた。     進もうとするが、左右に道などない。  「行き止まりだって?・・・変じゃないか、ナビの通りなのに」  俊が、もう一度ナビに目を転じると、いま確認した筈の「Gマーク」が消えている。  反射的に、バックミラーを見る。  何と、後ろについて来ているはずの老夫婦の車が影も形もない。  「おい、いつはぐれちゃたんだ。まずいぞ、後で責任問題にされるかも」  俊は、ドアを開け、あわてて外へ出た。  蛙と虫たちのうるさいほどの合唱が、俊をたちまち包囲した。  周辺には、一軒たりとも人家の灯りは見えず、後続車どころか真っ暗闇の中に、ぽつんと、自分だけが置き去りにされた感覚だ。  「おーい」  呼びかけた頼りない声が、静まりかえった闇の中へ吸い込まれてしまう。  繁茂する秋草を踏みしだきながら、周辺を慎重に目配りして探す。  しかし、老人たちの軽乗用車の気配すら見当たらない。  「どういう事だ、これは」  俊は、焦り始めた。  数分前まで、バックミラーで確認できていた老夫婦が車ごと消えるなんて事があるのか、と信じられない気分だ。  「き、消えた?本当に、あの二人は、消えちゃったって言うのか?」  凍った電気が、全身を走りぬけた。  俊は、追い立てられるように、車へもどった。  カーナビにしがみつき、記憶させてある「自宅」の設定マークを乱暴に押した。  「帰ろ、もう帰ろう」  恐ろしさで、悪寒が走った。  その時だった。点けっぱなしのライトの中へ、ピョンと何かが、入ってきた。  俊の眼球が、むき出しになって対象を見た。  ケモノだ。  黒褐色の毛皮に覆われ長い尻尾で、体を支えて立っているが、若い獣ではなく、だいぶ年寄りに見える。  すると、脇からもう一匹が、光の中へ入ってきて横に並んだ。  前の奴より、少し小柄でメスかもしれない。  非常に特徴的な部分があった。  二匹とも、真ツ白い鼻筋をしてるのだ。
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