「白い鼻」 リュース・匙田 作

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 「ハク・・・ビシン?」  漢字で「白鼻心」と書く、ジャコウネコ科の哺乳類だと、中学時代に何かで読んだ覚えがある。  その昔、天然記念物に指定した県すらもあったが、果物が大好物で栽培農家からは、かなり厳しい目を向けられている動物でもある。  二匹のハクビシンが、並んで立っている様は、明らかに番(ツガイ)に見えた。  黒く濡れたような瞳で、何か言いたげに俊の方を、じっと見つめている。  まるで人間の眼のようだ。  俊が、運転席に乗り込んでも、逃げる気配も見せず、その場に佇んでいる。  俊は、そっとドアを閉め、フロントガラス越しに、ハクビシン夫婦を見つめ返す。  すると、、何とも言いようのない温もりが、俊の心に伝わってくる。  その感情を何と名ずければ良いのだろう。  「ま、まさか、あの老夫婦が?」  ハクビシンの出現と、老夫婦の消え方が、余りにもタイミングが良すぎはしないか、と俊は思うのだ。  だから、もしかしたら、極めて稀有な確率において、両者が何かの加減で、入れ替わってしまったという事があるかもしれない。  「あははは・・・そ、そんな馬鹿げた話があってたまるか」  俊は、余りに荒唐無稽で幼稚な自分の想像力が、ひどく情けなくなった。  ハクビシン夫婦と俊とは、かなり長い間、そうして見つめ合っていた。  やがて、心なしかハクビシン夫婦が頭を下げるような動作を、揃って見せた。  「え?まるで挨拶してるみたいだ」  と、仰天する間もなく、彼らは軽々と身をひるがえし、瞬時に闇へと去っていった。  俊は、しばらく放心してハンドルにもたれ、彼らのいなくなった光の中を見つめていた。  今何が起きているのか?  自分はどこにいるのか?  精神は正常に保たれているのか?  さまざまな想念が、脳内をスパークし続けていた。  携帯電話の呼び出し音で、俊は一気に現実へと引き戻された。  「お、そ、い」  すねたユミの声だった。
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