00.徒然なるままに

4/5
前へ
/34ページ
次へ
手先はそれほど器用な訳ではないけど、学生時代から考えれば九年の一人暮らし。 ちょっとした裁縫くらいは、特に困るような事ではない。 私はチマチマと針を動かし、ホックをスカートに縫い付ける。 「柏木さんってホント何でも出来るんですね?」 集中する私の鼓膜を叩く快活なテノールに、ほんの少しテンションが上がる。 カウンター越しに立つその人は、ルートセールス担当の篠原隆之(しのはら たかゆき)さん。 ひょろっとした長身で、少し癖のついた栗色の髪と、人懐こそうな優しい目が印象的な23歳。 篠原さんは、タイムカードを押しながら私の手元を指差して眩しいくらいにニッコリ笑った。 わ、笑った。 この、某ハンバーガー店のメニューもびっくりな天上の微笑みに、既に上がっていたテンションが、更に駆け足で上昇するのが分かる。 だけど…… 「何でも出来るわけ無いですって。それより、販促からの配布物、忘れずに持っていって下さいね?」 なんて、何でもない振りをして営業スマイルを作った。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9204人が本棚に入れています
本棚に追加