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1.
梅雨のシーズンなのに、今日は珍しく天気が良い。快晴だ。
そんな日は、屋上で暖かい陽射しを浴びながら昼食を取るに限る。
そう思い、「屋上で食べない?」と、窓際の一番前の席の彼女を誘ってみた。
彼女――陽村冬実(ひむらふゆみ)は視線をこちらに向け、頷いた。
「うん。行こうか」
彼女はあの日から、笑わない。
今、この瞬間も、彼女は無理に笑っている。作り笑顔だ。それは、俺だけにしか解らないものだ。
他の生徒は何も知らない。誰一人として冬実の変化に気付かない。所詮は他人行事ということだ。
彼女が弁当を持ったところで、俺は一足先に教室を出た。
廊下は賑やかだ。これは、何処の高校でも共通することだろう。
彼女が教室から出てくると同時に、彼女の横に並んで歩く。この様子は他人から見れば、恋人同士なのだろうと認識される。それが思春期真っ盛りの学生と言うものだ。
だが、実際は違う。俺と冬実は、そんな関係じゃない。彼女はそんなに軽い人間ではない。
階段を上がり屋上に出ると、気分が良かった。やはり、室内は息が詰まる。それは彼女も同じだろう。だからこうして、わざわざ屋上に連れてきたんだ。
「やっぱり、もう桜は散っちゃったんだね。こうして高いところから見ると改めてそう思ったよ」
彼女の儚げな声が俺の聴覚を通じ、胸部に痛々しいまでに響く。
「冬実、お前まだ……」
「ううん、もう大丈夫だよ……きっと」
首を横に振り、彼女はそう言った。
だが、その様子からは全くと言っていいほど、大丈夫そうには見えない。
「とりあえずご飯、食べよ?」
屋上に設置されているベンチに腰掛け、彼女は弁当箱のフタを開ける。
「美味そうだな。俺のとは比べ物にならないな」
片や手づくり弁当。片やコンビニで購入したパン。比較するには、あまりにも格差があり過ぎるのだが。
「そんなワンコインで買えるパンと比較しないでよ」
彼女の声は笑っている。だが、やはりと言わんばかりに顔は無表情。
少し悲しいかな。
「悪い」
一応、謝っておこう。
「いいよ、別に」
それ以降の会話はなく、ただ黙々と食事を摂取すると言った形だ。
「…………」
せっかくの天気だと言うのに、こうも空気が重いと流石に参る。
「本当に、大丈夫だから」
弁当を片付け、去り際に唇を噛み締めた彼女が、残した言葉。
午後の授業に、彼女の姿はなかった。
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