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僕が裏庭に戻ってくると、彼はもう居なかった。
本当に、居なくなるものだな、と、僕は思った。
僕は手にオレンジペコーの入ったティーカップを持っている。カップは、一つしかない。
僕は、本当は、解っていた。
本当は彼の事もよく知っている。
知らないわけがない。
僕は土管の上に腰掛ける。オールバックの前髪の、落ちてきた幾房を払って、黒い服の袖を捲くった。トラックの停まった先の隣家を見る。そこは、とっくに空き家だった。
エリック・サティのCDを買ったのはエルヴェだ。オレンジペコーもアールグレイもエルヴェが買ってくる。
冷蔵庫を補充しているのも、日が沈んでから仕事をしているのも、彼だ。
一日の後半の僕は、しばしば僕に会いに来る。多分僕が、会いたいからなんだろう。
お互い一人じゃ淋しいから。似ていて当然の同居人だ。
紅茶を入れていて思い出したんだ。
エルヴェ・ミラーは、僕の名前だ。
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