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ここは、とある郊外にある廃れた観光会社。
傾いた看板には『椿観光』と書かれてある。
駐車場には数台のバスとやたら年季の入ったバスが一台あった。
この『椿観光』とは世を忍ぶ仮の姿で…
年季の入ったバスこそ実は…
―チリンチリン…―
手動の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
言いながら、社長兼従業員の椿が入口に目をやると、一人の女が…いや男が立っていた。
変わった髪の色…
それに格好いい!!
椿がそんな事を考えながら椅子から立ち上がった。
「どんなツアーがご希望ですか?」
椿が微笑んだ。
「幕末…」
男も微笑む。
「あ…あの…失礼ですが…」
椿が口ごもると、男は肩を竦めた。
「腐女子だよ」
そぉ!!!
秘密のツアーとは時空を越えた幕末への旅。
そしてある条件とは『腐女子』であること。
なのだ!!!
「ゴメンね、私てっきり男の人だとばかり」
椿は簡単な申込書を渡しながら、済まなそうに言った。
「いいよ。慣れてるし」
「霧雨…夜鷹(キリサメヨダカ)…さんかぁ…19歳…ね」
椿はサラサラと綺麗な字で欄を埋めていく夜鷹を見ながら言った。
紫がかった髪の色が神秘的で、何やら特殊な能力でもありそうな気がした。
「ハイ、できたよ。これでいい?」
「あ…はい………それではマシンに案内しますね」
椿が立ち上がると
「何だか凄く簡単な審査だね?」
と、夜鷹が言った。
「幕末へ行くっていっても、帰りはこの時間、この場所に帰ってくるんだもの。何の支障もないです」
いともあっさりと言う椿に、夜鷹は少し意地悪を言ってみた。
「帰ってこれたら…の場合でしょ?」
「はい!帰って来れなかった時は保証のしようがありませんからね。それに帰れなかったら帰れなかったで……ウハッ!!」
「ウハッって…何を想像してるだっ!帰ってきた時に歴史が変わってたりしないの?」
「私達が行った時点で別の歴史が出来るんじゃないのかな。だから今から行く幕末はこの時代には繋がらないのよ。多分」
「ふぅん…多分…ね…」
若干呆れぎみの夜鷹を連れて、椿は例の古びたバスに乗り込んだ。
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