どうしても、忘れられない。

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「いやあ、それにしてもまさかこんなにびっくりされるとは思わなかったからさ」 いてえなあ、と顎をさすりながら彼は牛乳を取りに冷蔵庫に向かい、コップに並々と注いだあと、一気にそれをあおった。見事な飲みっぷりと、喉仏の動きを僕は見つめる。本当に、こういうところが男らしいと感じる。僕がやったところで、きっとギャグにしかならないだろう。 「こんなに他人に近づかれたことなんて家族以外にないんだもん」 僕はもう彼に高校時代、勉強ばかりしていてろくに交友関係はもちろん恋愛関係を築いてこなかったことがおおよそ理解されていた。野球部でピッチャーとして活躍していた彼とは、ほとんど真逆といっていい、青春を過ごしていたという事実は、言葉にせずとも伝わるものらしかった。 「コミュニケーションのギャップってやつですかな」 「なにそれ」 馬鹿なことを言いながら、彼は僕の座っているソファーの隣に腰かけた。 彼と僕の間には、一人分には満たないけれど、確かに隙間がある。 僕は、もう本に飽きたふりをして、本を閉じ、その隙間にちょうど入るように、少し斜めにその本を置いた。彼の視線が一瞬その本に移る。不自然だったかな、いやそんなことはないはず。 「なぁ、やっぱりその本、今度俺に貸してよ。面白そうだし」 その言葉に、あぁ、題名を見たのだな、とほっと胸を撫で下ろす。 「いいよ。一日500円ね」 「高すぎ」 彼は、絶対払わねえわー、と笑いながら本を手に取り、パラパラーと捲った。そのごつい手指に収まっている文庫本があまりにも似合わなくて、僕はそっと笑った。
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