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バタッ
自販機にもたれかかるようにしてだらりと力なく倒れ込む隆弘を、くすりと笑って見下ろす人物が一人。
「いけないなぁ~。起床時間前に部屋から出たら駄目だってのに」
くつくつと楽しそうに喉の奥で笑いながら、その人物は隆弘の髪を掴んで顔を覗き込む。
「んー……あんまり僕の好みじゃないかな。ザーンネン。アイツのお気に入りだから、どんな上玉かと期待してたのに」
なんか拍子抜けかな、と呟いて、謎の男は隆弘の買ったアセロラジュースを自販機から取り出す。
「でもホント、なんでこんな時間にここに居たのかなぁ彼。ま、誘拐する手間省けてラッキーって感じだけど」
きゅっとペットボトルの蓋を開け、アセロラジュースを一口。
そのあと首を傾げた男は、苦々しげに呟く。
「…ビミョー」
ペットボトルの蓋を閉め、近くにあったゴミ箱に投げ入れる。ゴトン、と大きな音がロビーに響いた。
「さてさて。お仕事しますかね」
男はそう言って伸びをすると、隆弘に近寄り、よっこいしょというかけ声とともにその体を担ぎあげる。
「困るんだよねぇ。勝手に“行かない”とか言われちゃうと……」
華奢にみえる男は決して軽いとはいえない隆弘を担いでいるのに、息も乱さずに軽々と階段を下りていく。
「キミには校門に行ってもらわなきゃ困るんだよ。梅田隆弘くん――」
まだ薄暗い春の夜明け。その闇の中に、男はゆっくり溶けるように消えていった。
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