死屍累々

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まず彼が感じたのは嗅覚。 焦げた臭いに混じって流れる、血肉の香り。 その吐き気さえ催す生ゴミのような香りの正体を竜崎は知らなかった。 (………酷い) 駅は壊滅状態。 〈形〉が壊されていた。………もう電車が通る事はないだろう。 竜崎は一度、瞼を強く閉じた。 この現状がにわかに信じ難かったからだ。 だが、夢ではない。 「……嘘だろ」 小さく呟き、彼は左手で頭をかきむしる。 心拍数が上がり、息が荒くなって、目に涙が浮かぶ。 (なんでこうなるんだよ………なんで) 手で、目にたまった涙を拭うが、〈恐怖〉は拭えない。 (電車を乗り換えなかったら………俺は……。) 確実に死んでいた。 現に、電車自体が爆発で消えているのだ。駅に傷痕を残して。 中には知っている顔も乗っていた。そいつらは、もういない。 (落ちつけ。落ちつけ、自分。) 彼は深呼吸を繰り返して、息を整える。 (とにかく……立とう。) ゆっくり立ち上がった竜崎は、まず自分の心配をした。 (怪我は!?) 目立った外傷はない。 太股に小さなガラスの破片が突き刺さっているぐらいだ。 簡単に抜けて、全然血も出てこなかった。 (後は、軽いめまいと、体の節々が動かしにくいだけか………) 正直いって、竜崎の状態は奇跡的と言っても過言ではない程良好だ。 それは彼自信も理解していた。 駅の惨状を見た限り、凄まじい爆発が起きたのは確かなのだから。 (爆発で火はでなかったのか………っ!) その時、竜崎は違和感を感じて右腕に触れる。 「そんな……」 右腕が動かない。 折れていたのだ。 (痛みが無いのはいいが…………早く救急車を……。) そう思って、彼はポケットにある携帯電話を取り出そうとした、その時。 「た……け…て」 小さな、か細い声が聞こえた。 竜崎は慌てて声のした方を向く。 「ッ!!」 叫びそうになる口を手で抑える。 ガラスを全身に浴びた、男性。 その惨たらしい姿から、竜崎は目をそらせなかった。 「た…す……」 自分には、どうする事もできなかった。 竜崎は男性の目を見る。 片目はガラスに突き刺さって、もう片方は真っ直ぐ竜崎を見ていた。 「ひっ」 彼は後退る。 逃げたかった、彼は逃げたかった。 だが、それを押し留めたのが、男性の瞳。 死のふちにひんした瞳。それには、何かわからない力がこもっていた。
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