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――ここか、瀬戸の会社は……
幹線道路に面した、とあるテナントビル。六階建てのこのビルの三階と四階に入っている事務機器販売会社、島野商会が瀬戸の職場である。
「よし! 行くか!」
俺は、気合を入れるべく両手で襟を正し、営業部のあるフロアへと上っていった。営業部に入ると、まだ出社している社員の数はほとんどなく、部屋全体は物音もないほどの静けさだった。壁の時計を見ると、時刻はまだ七時半をまわったところだった。
――ちと早く来すぎたかな? ええと、瀬戸の席は、と……
俺は、とりあえず瀬戸の席に着き、預かった手帳をひろげた。
――さあて、まずはリース期限のせまっている会社のリストアップから始めるか……
彼の手帳をもとに、営業をかける会社のピックアップを始めた。
「瀬戸さあん、おはようございまーす!」
そんな俺の背後から明るい女性の声。振り向くと、声の主は事務の鈴木さんだった。写真よりもいくぶんぽっちゃりとしているものの、面影はすぐに彼女のそれだと判別がついた。
「ああ、おはよう」
「どうしたんですか? 今日はずいぶんと早いですね」
「ああ、やたら早起きしちゃってね」
俺は頭をかいた。
「いつもの、淹れますか?」
――いつもの? コーヒーかな? とりあえずもらっとくか……
「ああ、じゃあ、お願いしようかな……」
「はあーい!」
俺が頼むと鈴木さんは給湯室のほうへと消えていった。
――鈴木さん、結構愛嬌があってかわいいじゃん……
再び作業に戻ると、ほどなく鈴木さんは茶色いマグカップを手に戻ってきた。
「はあーい、どうぞ、瀬戸さん」
「ああ、どうもありがとう」
俺は、そのマグカップをつかんで口へと運んで一口すすった、すると
――うわっ! なんだこりゃ……
いきなり口全体が酸味であふれた。それはもう、酸っぱいとかいう次元ではなく、口腔のいろんな箇所を爪楊枝で刺されているかのような刺激だった。
――ここの人たちはみんな、こんな不味いコーヒーをいつも飲んでいるのか? どういう舌をしているんだ……
そう思いつつも、せっかくの鈴木さんの好意を無碍にもできず、仕方なくその激マズコーヒーをすすりながら仕事を続けた。
しばらく仕事に熱中していると、時刻はいつの間にか八時をまわり、フロアには徐々に人の数が増えてきた。
「あ、課長おはようございまーす!」
鈴木さんが挨拶をしたその先にいるのは、写真で見た榎本課長だった。
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