成り代わり

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――いちお挨拶しとくか 「課長、おはようございます」 とりあえず、デスクから立ち上がって頭を下げた。 「ああ、おはよう……」 榎本は胃の当たりをおさえつつ自分の席へと歩いていった。おそらく、相当ストレスがたまっているのだろう、くわばらくわばら…… 八時半、壁にかけてある大きな時計のチャイムが鳴った。それにともない、営業部のあちらこちらから椅子を鳴らす音。見ると全員が席を立ち、フロアの中央あたりに集合し始めていた。どうやら、時計のチャイムは始業ベルがわりらしい。俺も慌てて席を立ち、集合の輪に加わった。全員が揃ったところで、一番端のデスクから偉そうなオヤジがゆっくりと席を立ち、みんなの前に立つと、やおら声を上げた。 「今日も一日、頑張りましょう!」 すると、それを受けて並んでいる全員が声を揃え叫び始めた。 「一つ! お客様のために!」  よく見ると、壁の中央部に社是が額に入って飾られている。みな、朝礼時にはそれを復唱するらしい。大勢の大人が一斉に声を揃えて叫ぶ姿は、宗教とか、あるいはどこかの部族なんかに近いものがある。  ――こんなこと、瀬戸から聞いてないぜ……  俺は、周りに合わせて口をパクパクさせ、なんとか事なきを得た。やがて朝礼が終わると、社員はみなめいめいの席へと戻っていった。席についた俺は、再び瀬戸の手帳を開く。  ――のんびり営業しても始まらんな……  短期間で成績を上げるためには、チマチマと営業していても始まらない。どうせなら、どでかい仕事を取るのが得策だ。ただ、あくまで瀬戸として契約を取らなければならない。そのために、なんとか瀬戸が営業をかけていた会社から契約を取りたい。俺は手帳を丹念に分析した。  ――ここなんか、大きそうだな!  瀬戸のメモによると、そろそろリースが切れそうなコピーマシンを多く抱えている会社の一つに、火の車産業という会社があった。  ――火の車産業か、今年リースがアップするコピーマシンがおよそ五十台、とあるな。担当は、と。総務の金子ってヤツか。よし、まずはここから行ってみるか…… 俺はビジネスカバンに手帳をぶち込み、営業部をあとにした。
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