成り代わり

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専務の秘書と顔を合わせれば、もしかするとバレる恐れもあると考えた。 ――他に何かアイテムはないか? ロッカーを片っ端から開け中を物色する。すると、何個目かのロッカーにメガネが入っていた。 ――お! メガネか! すぐにそのメガネをかけ、再び鏡に自分の姿を映す。 ――うん、これなら別人だ! これでいこう! 最後に帽子をかぶって更衣室を出た。 ――コンコン 「おはようございまーす!」 控え室のドアを勢いよく開ける。中には、さっきの二人が椅子に座り、漫画を読んでいた。 「ん? 誰だ? お前」 中年は、読んでいた漫画本を机に伏せると、目をしかめるようにこちらを見た。 「はい、本部からこちらへ行くように言われまして……なんでも欠員があるとかで」 俺がそう伝えると、中年は茶髪のほうを向き 「おい! お前、聞いてるか?」 と、たずねた。 「いえ、なにも」 と茶髪は首を捻る。中年は、再び俺のほうを見た。 「……本当に、ここへ行けって?」 と、念を押す。 「はい、人手が足りないだろうから、とりあえず行ってくれって」 俺は、極めて平静を装いつつ中年に告げた。 「そうか……間違いだといかんから、一応問い合わせてみるか」 中年はしばし腕組みしたあと、そうつぶやくと、電話の方を見て腰を上げた。 ――やべ! 電話されたらバレちまう! どうするか…… 俺は焦った。すると、茶髪が中年にチャラい口調で言った。 「せっかくだし手伝わせましょうよ。楽になるじゃないっすか」 俺は内心 ――この野郎、言い方がムカつくな…… と思いつつ中年の出方を待つ。 「それもそうだな」 すると中年は納得したかのように言って、再び椅子に腰を下ろした。そして、机の上に伏せた漫画を取ると、また読み始めた。 ――ふう……電話はまぬがれたか…… ホッとした俺は中年のほうを見た。 「何か、やることありますか?」 「そうだなあ……」 中年は、壁の時計を見た。 「十一時になったら廊下の掃除を始めるから、それまでここにいてくれる?」 そう言って、また漫画に視線を移した。 ――んな悠長にしてる時間、こちとらないっつうの。 「もしあれだったら、先に始めてていいですか? 仕事、早く覚えたいんすけど……」 そう言って俺は、近くにあった清掃用具を載せたワゴンに手をかけた。 「ああ? 一人で?」 中年は、かったるい口調で俺を見た。面倒くせえ奴だなあ、とでも思っているのだろう。
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