成り代わり

3/56

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
第一章 ビジネスマンをコピー 1  木製の引き戸がカラカラと音を立て、その依頼者はちょこんと顔をのぞかせた。 すぐ横を通る私鉄の踏み切りからは、チンチンという音が迫り来る列車の存在を伝えている。 入口の隙間から見える街はもう、建物の輪郭が空と同化しつつある逢魔が時だった。 「あの、ごめんください……クローン解決サービスさんって、こちらでよろしかったでしょうか」 依頼者は多少目を泳がせつつ、おどおどした様子で言った。カウンターに座っていた俺と助手のヒトエが同時に振り向くと、更に戸惑ったように、その開いた瞳孔で俺たちを交互に見た。 「奥へどうぞ」 助手のヒトエは膝に手をつき、よっと勢いをつけ丸椅子から立ち上がると、トントンと腰を拳で叩きつつ、気だるい歩き方でその男に歩み寄った。髪はボサボサで一見するとお世辞にも清潔とは言えない風体である。ジーンズも色あせて、ところどころ破けている。それは、今流行りのダメージジーンズではなく、ただ履き古しているだけである。 「あ、はい……では、失礼します」 依頼者は頭を軽くさげると、おっかなびっくり、部屋の中へ足を踏み入れてきた。背を丸めて歩くその姿は、さながらネズミ男のようである。 依頼者の外見は紺色のスーツにツヤのある皮靴、いかにもビジネスマンといった風貌である。髪型もパリッと整えられているし、全体的に身だしなみがよく清潔感があった。背は百八十センチほどあり、体はがっちりとしている。だからといって太っているわけではなく、どちらかといえば筋骨隆々といった雰囲気で、学生時代にはサッカーかラグビーが、とにかく何かスポーツに熱中していたような体つきだった。 「こちらへ」 ヒトエは四人掛けのテーブルの下から丸椅子を引き出すと、男をいざなった。 「あ、どうも……」 男はその言葉に上半身をいくぶん折り曲げ、恐縮しながらテーブルへと歩を進め、丸椅子を引いて腰をおろした。俺は、読んでいた雑誌を閉じると、立ち上がって男のいるテーブルへ近づいた。近くで見ると、依頼者の男は緊張しているのか、ピンと背筋を伸ばしていた。俺は依頼者の対面の椅子を引き、手に持っていたたばことライターをテーブルに重ねて置くと、椅子に腰を下ろした。 「ようこそ、いらっしゃい。私はここの所長の篤田(あつた)です」 「ああ、どうも、瀬戸(せと)と申します」
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加