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男は、ガタっと椅子を鳴らして立ち上がり恐縮しながら会釈をしてきた。
年にすると三十歳凸凹、典型的な好青年という印象だ。スーツの合わせには、会社の徽章がキラキラと輝いていた。俺は、一通り瀬戸を観察したあと、たばこをくわえ、火を着けた。
「ええと、ここはどちらでお知りになりました?」
「は、はい、ネット仲間から! 何でも、人に成りすまして問題を解決してくれるところがあると。しかも、今まで一度も失敗したことがないんだと」
幾度となくテーブルに目線をおとしながら話す瀬戸。その落ち着きのなさが、彼の緊張を物語っていた。
「なるほど、そうですか」
俺は、たばこをひと呑みし灰をぽんと灰皿へ落とす。
「それで……新聞に広告を出したときは、依頼を受ける合図なのだと教えられまして」
瀬戸は、間を嫌うかのように続けた。
「はい、そのとおりです。しかし、すべての依頼にお答えすることはできません。まずは内容をお聞きし、こちらが納得した場合のみ、引き受けさせていただくことになってます」
「あ、はい!」
瀬戸は、背中を丸めて再び会釈をした。
「では、依頼の内容をお聞きしましょうか」
俺がそう言うと瀬戸は、胸ポケットから名刺入れを出し、そこから名刺を一枚出すと俺の前に差し出した。
「実は、私は、こういう仕事をしているのですが……」
名刺を見ると、名前は瀬戸俊彦、とある。会社は事務機器販売の島野商会という株式会社、役職は営業の係長らしい。名刺を丹念に観察する俺に、瀬戸は話を始めた。
「私は入社して十年、営業畑を歩んでまいりました……」
テーブルの下では、盛んに指をいじっているのか、とても落ち着きのない様子である。
「でも、元来人見知りで人とのコミュニケーションが苦手であった私は、営業という仕事もあまりうまくゆかず、それゆえ成績もあまり芳しくなくて」
「なるほど、それで?」
「はい……このまま営業を続けていっても、そんな劇的に成績など上がらないのは、自分でもなんとなく想像つくんです……」
瀬戸は、そう言って顔を下に向けた。それから数秒間、沈黙が続く。空間には、時計の秒針の音だけがカチカチと響いていた。俺は、およそ半分ほどまで灰になったたばこを、チリチリと音がたつほど大きく吸い込み、ふぅーっと吐きだした。
「それで? 依頼というのは?」
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