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「あ、はい。依頼はその……私に成りかわっていただき、一度、営業の成績を上げていただきたく……」
瀬戸は上目使いで俺を見た。その眼は、かなり懇願がこもっているように思えた。俺は、もうフィルター寸前まで灰になっているたばこを最後に一息吸い込んで、灰皿でもみ消した。
「そうですか」
まあ、この手の依頼は、ないこともない。しかし、本人が楽をしたくて依頼されても、受ける事はできないのだ。仮に受けたとしても、本人がよこしまな考えだとしたら、あまり意味がないこともある。むしろ、本人にとって前よりも辛い境遇に立たされるとも限らない。そうなっては意味がない。俺は、瀬戸の本音を引き出すべく問いかけた。
「ひとつお聞きしたいのですが、私に代ってほしいのは、単に成績を上げたいからですか? 出世がしたいとか? あるいは、ノルマを達成するために仕方なく、みたいな?」
その俺の言葉を聞いた瀬戸は即座に否定した。
「あ! いえ! そんな付焼刃的なことで出世を望むなどという虫のいい考えではありません。ノルマにしても、毎回ノルマが課せられるたびこちらにお願いしていては、正直、お金がもちませんから……」
最後は苦笑いをうかべる瀬戸。
「おっしゃる通りです」
俺もつられて苦笑いをした。
「私は、自分を追い込むために、こちらへお願いする気になったんです!」
「追い込む?」
「はい。今は、こんなていたらくな成績でも、とりあえず給料がもらえています。だから、それに満足をしてしまっています。自分で自分が情けなくなるんです」
俺は、瀬戸の言葉を黙って聞いていた。
「ここらでひと踏ん張り、しなきゃならんのだと思ってます……」
瀬戸は、そうつぶやき天井を見上げた。
「ひと踏ん張り、と言いますと?」
「はい。もし、一時的にせよ成績を上げていただけたのなら、私はその成績を最低限、維持する努力をしなければなりません。それは、ハードルが上がれば上がるほど、努力が増すことでしょう」
「つまりそれは、ご自分が努力しなければならない、と思っていらっしゃるんですね?」
「はい、私は昔から、何事も一から自分で道を切り開いていくタイプじゃないんです。ただ、ある程度レールが敷かれていれば、常にそれなりに努力できるし、結果とてすれほど悪くはならないんです」
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