成り代わり

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「ということは、もし私があなたに成りかわって成績を上げたとしたら、あなたは今よりももっと、努力をするという覚悟が、おありなんですね?」 「はい! もちろんです!」 念を押す俺に、瀬戸は真剣なまなざしで答えた。 すると、それを聞いたヒトエが、お盆を携えながら、瀬戸の背後へ忍び寄った。 「どうぞ」  ヒトエはテーブルにお茶を置きつつ、俺にアイコンタクトをとった。実は、これが客の依頼を受ける合図なのである。ヒトエは、依頼の内容に納得すると、客にお茶を出す。それが仕事を受けるゴーサインなのである。人を見る目が尋常じゃないほど鋭いヒトエは、たとえ表面上ごまかしていたとて、よこしまな考えを一目で見抜く。俺は、彼女のその能力に全幅の信頼を寄せているのだ。 ――いいんだな? ヒトエ。 そんなヒトエの意向を察した俺は、瀬戸に顔を向けた。 「承知しました」 「え?」 「あなたに成りかわって営業成績を上げてみせましょう」 「ほ、本当ですか?」 「はい、あなたの意志を、私なりに酌んだつもりです。もし、あなたが単に楽をして成績を上げたいだけなら、私は追い返したでしょう。しかし、そうではないと判断いたしましたので、お受けすることにします」 「あ、ありがとうございます!」 その言葉を聞いた瀬戸はテーブルに額がつくほど頭を下げた。そんな瀬戸の背後から、ヒトエは書類をテーブルの上に置き 「それでは、料金ですが……」 と、契約内容を説明する。 「基本料金五万円、一日当たり二万円プラス必要経費です」 表情をまったくかえず淡々と説明するヒトエ。その機械的な感じがたまらない。 「はい、だいたいの料金の目安は想像してました」 ヒトエの説明を一通り聞いた瀬戸は契約書を手に取り、視線を落とすと、左から右へと書類に目を通しはじめた。俺はそんな瀬戸に、更に細かい説明を加えるべく、説明を始めた。 「ただですね、瀬戸さん。営業成績を上げるということは、一日や二日で出来る仕事ではないと思われます」 「あ、はい! それは私が一番知っています」 「場合によっては長くなることも考えられますが、それでも大丈夫ですか?」 「はい。貯金はありますので、大丈夫です!」 「そうですか、それと、もう一点! これが重要なのですが!」 俺は、一旦間をあけ、念を押した。 「この任務が終わるまで、あなたはここから出ないでいただきたい、一歩もです」 「一歩も? ですか?」
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