成り代わり

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説明書には、この携帯のカメラで写した被写体に、自分が成りかわれるということが書いてあった。 ――なんだそりゃ! んなことって、ありえねえじゃん…… そんな非現実的なことなどあり得ない、これはイタズラだろうとは思ったが、ヒマだったことも手伝い、イタズラなら乗っかってやるか、という安易な気持ちで、俺はその携帯電話で隣の部屋の学生を隠し撮りしてみた。 ――これで、あいつになってるんだよな? さっそく、洗面所に向かい鏡の前に立ってみた。はたして、そこに映っていたのは…… ――ま、そりゃそうだろ…… 鏡の中にいるのは、どこからどう見ても、俺自身だった。 ――所詮、出品者のイタズラか……あ! もしかしたら、誰もオークションに参加してこなかったのは、みんなイタズラだって知っていたのかもな。こいつ有名だったのかもしれんな。俺だけ騙された、ってわけかよ、くそ…… にわかに腹を立てながらも、そんな超常現象などあり得ないと納得した。ところが、である。部屋を出た俺に、アパートの大家は 「あ! ○○さん! 宅配便、お預かりしてますから、あとで取りに来てくださいね!」 と、隣の学生の名前で話しかけたではないか。 俺は、一瞬、耳を疑った。そしてすぐさま部屋に戻り、再び鏡を見てみる。しかし、そこにはやはり俺の姿が映し出されていた。 ――まてよ? 俺はふと、説明書を読み直そうと部屋に入った。 ――ええと? なになに? 説明書によると、コピーしても自分の姿は変わらないが、周りには被写体の姿に見える、とある。そして、元に戻るには画像ファイルを消去すればいいらしい。 ――肉体は俺なのに、周りには違う人に見えるって? どういうことなんだ? そんな非現実的なことなど、とうてい信じられなかった俺だが、そのあとも試してみると、周りはみなことごとく俺を被写体の人物と思って話しかけてきた。なんと、女性を写してみると、どこをどう見ても男の俺を、周りの人間は女性である被写体の人間のように接してきたのだ。 ――これは、俺が担がれているのか、それとも、本当に俺は変身しているのか…… 最初は半信半疑だったが、何度も試していくにつれ、その事実は徐々に揺るぎないものへとかわっていった。そうなると、男たるもの、ある野望が沸いてくるものだ。 ――これで女性を写せば、女風呂に入っても、誰も気付かない、はずだな、けけけ。
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