昔話  兵(つわもの)の掘る穴ー真実その2ー

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その初めて見たといってもいい、ピーンの大きく驚いた表情に、夫人と執事は顔を見合わせて喜び、揃えて「やった」と思わず声を出す程になります。 『領主様が"ピーン様"だった頃、とてもそのコートを愛用されていたとロックから聴きました。旅を終えてから、ロックがとても草臥(くたび)れていたのを丁寧に保管しておいてくれたんです。それを私が、繕わせて頂きました』 『繕った生地の部分は、とても国最高峰の仕立て屋のスタイナー家の当主様のように精霊の加護を完璧にコート生地に定着は出来ませんでしたが、私なりに加護をつけさせて頂きました』 カリンに続いてロックが嬉しそうに経緯を報告してくれました。 『そのコートを纏っていたピーン様は、とても幸せそうだったロックに聴きました。私もその旅先から頂いていた手紙は、本当にいつも楽しませていただきました。読んでいるだけで、会ったこともないピーン様とロックと旅をさせて貰っている気分を味わえました』 そんな"暖かい"ばかりの言葉をと共に、大切な人達からの不意打ちのような贈り物に、鼻の奥が熱いような痛いような感覚がみちて、瞳にも熱いものが溜まります。 長い腕に抱えている(コート)も愛しいのですが、それを贈ってくれた人達の事も愛しいものとなりました。 そして出来ることならこの2人を、"自分の手で護りたい"と強く思います。 遠望深慮の賢者らしからぬと自覚しつつ、自分の感情だけを最優先させて、領主の立場や責任感を投げ出して、安らぎを与えてくれる目の前にいる2人だけを護りたい、改めてそう思いました。 『……旦那様、奥様が色々と工夫をなさって、空けてくれた時間がもったいのうございます。どうぞ、お早めに……』 領主の瞳が濡れているのに気がついた執事は、結構照れ屋でもある旦那様の為に、静かに急かします。 『ああ、そうさせて貰おう』 少しだけ鼻を啜り、カリンも夫がそこまで感激してくれている事に気がつきました。 『どうぞ、"自由の時間"を楽しんでくださいませ、ピーン様』 この時の年下で優しい引っ込み思案の伴侶の声は、物凄く頼もしく響き、その声に優しく押し出されるようにして、ピーンは久しぶりに1人きりで、休暇を領地自慢の渓谷が見える場所で過ごします。 ただ用心の為に、いつもしている短剣を装備しもいました。 そしてイーゼルに前にキャンバスを置いて、いざ木炭を握った、その時何かが渓谷の上からくることに気がつきます。
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