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(それを防ぐのが、"遠い将来のことまで考えて周到に謀りごとを立てること"としての賢者の銘を国から預かった旦那様が、"私"をビネガー家の執事として据えた理由でもあるはず)
使用人として過分な意見の申し立てとして執事の職を剥奪され、この土地を追い出されたとしても、依存する"旦那様"が、例え自分の事をこの出来事で等閑に扱うことになっても、ロブロウ領主としてのピーンに泥つかなければそれで構いませんでした。
『旦那様!』
もう一度指示を仰ぐように、褐色の美しい彫像のような身体を支えながら、執事は主を見つめます。
(それに、本当に急がないと、アングレカム様の身体が……)
ピクリとも動かない、"客人"が心配でした。
人の身体というものは、どこかしら力が入っているという事で、もしも負傷した際にでも支えたり抱えたりする事が出来るし、相手にまだ反応する力があるのだと安心出来ます。
しかしながら、今のアングレカムは身体の何処にも力が入っておらず、まるで人肌の熱を持っただけの人形のようにも感じられました。
そしてかつてロブロウの古い、年老いた領民達が、話が聞くのが上手な見習い執事に、孫に語るように語ってくれた話を思い出します。
「不思議なもんでなぁ。人の身体というものは、死んだのなら、今まで普通に抱えられていた身体でも急激に重たくなる」
ロックは、純粋に客人の身体を"重い"としか感じられなくてなって間もなく、中庭の上空から、何かにぶつかり、衝撃に震えるような音がします。
領主と執事は同時に顔を上げて、音の発信元を探す為に見回しました。
けれども、執事の方は次の瞬間、支えている重たいとばかりに感じるだけの客人の身体が、本当にごく僅かに動いことで、再び視線を下ろします。
『……アン……アルセン様!?』
執事も偽名の方で呼び掛けるのを忘れかけながら、客人の方をみれば、相変わらずとても身体を動かせる状態には見えません。
それでもまだ直に肌を触れて支えている為に執事が感じたのは、どうやら"声"を出すために使う腹部の筋肉が動いたためでした。
『……どうやら、あの"グロリオーサ・サンフラワー"に気がつかれたみたいですね』
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