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どうやら顔面に絵本が直撃したとばかりに思えていたのですが、グロリオーサは大きな掌で貼り付けるようにして、ぶつかる寸前で受け止めていた様子でした。
広がった大きな音の正体は、絵本の背表紙と、グロリオーサの広い掌がぶつかって鳴ったものとなります。
『……貴方に"彼女"を探せと唆したのは確かに私ですが、どうしてこんな田舎にまで来ているのですか』
シャツの胸元がはだけた状態で腕を組み、大層機嫌が悪そうな声に圧力も込められていました。
《"田舎"出身の私が言うのも何ですがね。ああ、ちなみに領主殿と領主夫人にも声で"芝居"をしていることは伝えていますから、もうロック君が心配しなくても大丈夫ですよ》
しかし、ロックに届く声は至って穏やかな客人の声なので、何処と無く調子が狂いそうなのを、必死に堪えます。
アングレカムは、頗る機嫌が悪い、乱暴者といった態度を振る舞いをしながら、"アルセン・パドリック"の印象が悪くなるように努めていました。
(何はともあれ、奥様が不安になっていらっしゃらないのなら、それに越した事はないな……)
アングレカムの思惑の邪魔にならないように、胸の内で溜め息をついてから、自分の足元にある客人の細剣に気がついて、ロックは拾い上げます。
(アングレカム様の思惑を済ませたなら、返さないと)
細剣を柄を丁寧に握りながら、ロックと同じように声をアングレカムから送られているらしい主を見ました。
賢者は、グロリオーサの方を難しい顔をしながら見つめています。
(……グロリオーサ様、本人を見ているわけではないのか)
ピーンが珍しく難しい顔をしながら見つめているのは、どうやら今はグロリオーサの手元にある絵本でした。
そしてロックもピーンと同じ様に、難しい表情を浮かべる事になります。
(……?、今度は、極端に魔力を吸う力が弱くなっている?)
グロリオーサの手の内にある絵本は、アングレカムから吸ったであろう大量の魔力を蓄えているのは判りました。
だが、今絵本を手にしている黒髪の男からは、全く微量の魔力しか取っていないのがロックには見えます。
恐らくそれがピーンが、思わず浮かべている、難しい表情の原因なのだと執事には判りました。
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