昔話  兵(つわもの)の掘る穴ー真実その6ー

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それから美味しい紅茶を淹れてくれた料理人に顔を向けて、本当にお気遣いなくと、アングレカムは頭を下げます。 『……そんなに、急ぐのかい?』 領主夫妻専用のカ2つのカップに、ポットから湯気が立つ紅茶を注ぎながらマーサが尋ねました。 『ええ、急がないといけません。予定より時間が大幅に遅れているというわけではないのですが、これからが"何かと"慎重に事を運ばないといけませんから。それを考えたなら、どうしても急いだ方が良くても、遅れた方が"得"をする部分がありませんから。紅茶、御馳走様でした』 丁度マーサが空になった紅茶のポットを置いたのを見計らって、アングレカムは空になったカップをソーサに乗せて返します。 『あ……、もしかしたら俺が迷子になってしまったせいか』 グロリオーサが面目無さそうに言うと、カップを返したアングレカムが、"優しい笑み"を浮かべて頭をゆっくりと左右に振りました。 その"優しい"綺麗な顔に、防具に向けられていた領主の目がチラリとだけ動いて、再び戻ります。 『迷子で時間をロスしたのは事実ですね。ただそれに関しては、私も同罪でしょう。彼女が"1人にして欲しい"と言っていたのに、貴方にトレニアを捜してきたらどうかと、進めた責任はあります。私が男の感覚で、御婦人の気持ちを優先させてあげない忠告(アドバイス)をした(バチ)があたったのでしょうね。 実を言えば、トレニアは貴方が捜しに飛び出した30分後に、"バロータ神父からプリン作ってくれ"と頼まれたとか笑いながら帰ってきましたよ』 今度は優しい笑顔から綺麗な笑顔に切り替えて、両手を組んで膝の上に置いていました。 『……思い切り俺の2週間は無駄って事か?』 『おや、遠回しに無駄な事を伏せてあげていたんですが、グロリオーサでも判りましたか。賢くなりましたね』 領主夫人は、そんなグロリオーサとアングレカムの会話を聞きながら迅速で丁寧に針を進めながらも、"男同士の会話"に淡い憧れを抱きます。 (旦那様は私に気を使ってくださったけれど……、やはりもう1人ぐらい……) けれども、もし、これ以上娘達だと思うとそれだけで、気持ちはカリンの気持ちは重くなりました。 何より、授かった命に性別にどうこういう事は"人"として間違っていると、大人しくも優しい夫人にも判っていました。
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