昔話  兵(つわもの)の掘る穴ー真実その6ー

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多分、マーサはグロリオーサに惚れている、正確にはというのが、正しいとも思えます。 (私には解りませんが、御婦人はそういった事に鋭いところがあります。トレニアはこの場所にいないとしても、グロリオーサの話を聞いたなら、きっと勘づきますね) そういった方面の話の読まれたくない気持ちは、観察力のある人物が見たならば存外、心の読む力がない人でも"あっさり"といっても良い程、気がつけます。 そしてアングレカムも、新たにある事に気がついていました。 朴念仁(アングレカム)が、マーサの反応で気が付けた事に、雇い主で"気に入っている副竈番"の娘の変化に、気がついていない事など、あるのだろうか?、いや、気がついていない筈がない、と直ぐに結論が出せます。 マーサが最後に声を出した時から、俄に静まり返っている書斎で、アングレカムは領主を見れば、"妻の指の治療を無事に終えて微笑む領主"を見つめました。 それから静かになっている書斎を少しだけ見回して、マーサが僅かに狼狽えている姿を一瞬だけ見て、口の端を上げます。 中庭で執事であるロックに見せた態度にしろ、妻を気遣う姿にしろ、ピーン・ビネガーという人物は、自分の守るべき"領民達には恐ろしく気を回していて、そして、それ以外の客人であってもと考えている者に対しては、遠慮なく加減なく、利用をしました。 (だから、今もマーサさんの"気持ち"が一番傷つかない方法で、話を()げ替える方法を―――) 《まあ、マーサの気持ちも確かにあるんだが、こちらとしてはアングレカム殿とと話したい事もあるんだよ》 アングレカムの思考の途中で、口の端を上げたままの領主が、(テレパシー)を捩じ込み、客人が驚く間もなく、ピーンは続けて口を開きます。 『"マーサの料理の胃袋を鷲掴み作戦"でも引き留めがダメなら、仕方ないか。ああ、マーサ。とりあえず、今日の夕食は二人前追加かは決定だから、厨房に戻りなさい』 言い方は柔らかいが、有無を言わせぬ圧力が領主の言葉にはあって、マーサにしては本当に珍しく、無言で頷いていました。 『マーサ、下げるものがあったら手伝いますよ。紅茶のセットもあるのでしょう?』 主の"圧"がある声に、まだ耐性ある執事がマーサが厨房に下がるのを手伝おうと動き始めます。
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