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多分、マーサはグロリオーサに惚れている、正確には惚れかけているというのが、正しいとも思えます。
(私には解りませんが、御婦人はそういった事に鋭いところがあります。トレニアはこの場所にいないとしても、グロリオーサの話を聞いたなら、きっと勘づきますね)
そういった方面の話の読まれたくない気持ちは、観察力のある人物が見たならば存外、心の読む力がない人でも"あっさり"といっても良い程、気がつけます。
そしてアングレカムも、新たにある事に気がついていました。
朴念仁が、マーサの反応で気が付けた事に、雇い主で"気に入っている副竈番"の娘の変化に、気がついていない事など、あるのだろうか?、いや、気がついていない筈がない、と直ぐに結論が出せます。
マーサが最後に声を出した時から、俄に静まり返っている書斎で、アングレカムは領主を見れば、"妻の指の治療を無事に終えて微笑む領主"を見つめました。
それから静かになっている書斎を少しだけ見回して、マーサが僅かに狼狽えている姿を一瞬だけ見て、口の端を上げます。
中庭で執事であるロックに見せた態度にしろ、妻を気遣う姿にしろ、ピーン・ビネガーという人物は、自分の守るべき"領民達には恐ろしく気を回していて、そして、それ以外の客人であっても守るべきものではないと考えている者に対しては、遠慮なく加減なく、利用をしました。
(だから、今もマーサさんの"気持ち"が一番傷つかない方法で、話を挿げ替える方法を―――)
《まあ、マーサの気持ちも確かにあるんだが、こちらとしてはアングレカム殿とガッツリと話したい事もあるんだよ》
アングレカムの思考の途中で、口の端を上げたままの領主が、声を捩じ込み、客人が驚く間もなく、ピーンは続けて口を開きます。
『"マーサの料理の胃袋を鷲掴み作戦"でも引き留めがダメなら、仕方ないか。ああ、マーサ。とりあえず、今日の夕食は二人前追加かは決定だから、厨房に戻りなさい』
言い方は柔らかいが、有無を言わせぬ圧力が領主の言葉にはあって、マーサにしては本当に珍しく、無言で頷いていました。
『マーサ、下げるものがあったら手伝いますよ。紅茶のセットもあるのでしょう?』
主の"圧"がある声に、まだ耐性ある執事がマーサが厨房に下がるのを手伝おうと動き始めます。
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