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その顔は、不思議なもので領主で夫であるピーンの事を語る時の領主夫人であるカリンの面差しを―――"大切"な人を想っている人の顔を思い出させます。
"恋"などしたことも、することもないだろう執事でもそれとなく判るほど、遠目から見ても、グロリオーサの黒目が誰かを想っているのを感じられました。
(グロリオーサ様の為ではないけれど、アングレカム様が仰るみたいに、お客様達が大切に思われいるトレニアさんという方が不安になっているとうのなら、それは私も早く解消させてやりたい)
話でだけしか知らない、心の読めてしまう、子供が大好きだと言う紫の瞳をもった、"魔女"とも呼ばれる客人達の仲間の婦人。
自由奔放なグロリオーサや、世話焼きのアングレカムの帰りを待っているのだという、優しい婦人が心配していると言うのなら、早く戻して安心をさせてあげたいともロックは考えました。
執事の事なら、表情をみたら魔術を使わなくとも大体心うちが読める賢者は、その気持ちを斟酌して、目元緩めます。
《……よし、あの絵本含めて色々話してから、アングレカムがグロリオーサを無事に"トレニアちゃん"のまっている場所に返してやるために……。取り合えず場所を移動する為に、私たちも一芝居をするとするか、ロック!》
しかし、思いやりに満ちたピーンの声を承った執事の心に、見事な不安が擡げました。
《……旦那が芝居をなさるんですか?》
不安と無礼になりそうな感情を直隠しにして、やっとそれだけを確認します。
『"や―れやれ、とっても仲のよい親友にこの様子では。親しくない、婦女子には、もぉーっと、遠慮がなさそうだな、アルセン殿は!"』
ロックの返答を聞いたか聞かなかったが定かではありませんが、ピーンがかなりわざとらしく見える、まっすぐな棒のような平坦な声を出していました。
アングレカムが不機嫌とは別の意味で、物凄く深いシワを眉間に刻んで領主を見つめます。
グロリオーサは幸いな事に、絵本を持ったまま特に変わりはなく、口を開いたピーンを見ていました。
そして優秀な執事は細剣の柄を握り締めながら、俯きます。
《アングレカム様、申し訳ありません。本当に申し訳ありません。
あれでも、あんな様子でも、旦那様はとても真剣に"アルセン様を不機嫌で嫌な奴に見せる"事に協力していらっしゃるつもりです。
そんな芝居をしているつもりなんです!》
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