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「はい、教科書開いてー。最初の小説は…”葛西善蔵”か」
今年は何だかマニアックねえ、と現代文の鳥海先生つぶやく。
予鈴が鳴った後、少し急いだおかげか空は授業の開始に間に合った。
順平が遅れてきたのは内緒だ。
担任であり、授業の受け持ちである鳥海先生にこっぴどく叱られていた。
「…葛西もいいけど、先生、最近は窪田空穂にハマってるのよね」
さきほど順平を叱っていた時が嘘のように活き活きと話し始めた。
「歌人としてが有名だけど、随筆もとってもいいのよ。なんで教科書にないのかしらね。今度持ってくるから、そっちやろうね」
クラスのみんなが口には出さないまでも、明らかに嫌だという雰囲気を作っている。
そんな中、例の順平はさっきまで怒られていたにも関わらず早くも机に突っ伏していた。
これを鳥海先生は見逃さなかった。
「…ねえ、伊織くん! 先生の話、聞いてた?」
ゆさゆさと後ろの席の子に起こされる順平。
え、俺? と呑気な声を上げている。
「先生が好きな作家、言ってみなさい!」
「え、ええええ…っと…」
明らかに狼狽した様子で考える順平。しかし答えは出ないに決まっている。寝ていたからだ。
あてずっぽうに言おうにも、順平が知っている作家など千円札に描かれていた夏目漱石くらいなものだ。
圧倒的に知識が足りていなかった。
「おい、おいって! 先生、誰が好きかって?」
空は、恐らく順平は自分に尋ねてくるであろうことを予想していた。
そしてその対処方法も。
「吉村冬彦」
「さんきゅ! 吉村冬彦!」
…………
声高らかに、してやったり顔で言う順平。それとは対照的に、しかめっ面をしている鳥海先生。
「違うわよ! どうして先生の話、聞いてくれないの!? 先生泣いちゃうじゃないの! もっと先生を見てよ!」
「あ、あの、あの…ご、ごめんなさい!」
先生の予想以上の怒り方に、空は少し順平が可哀想だったなと反省した。
そのあと順平が、うらむぜとでも言いたそうな目でこっちを見ていたが空は真面目に前を向いていた。
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