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―――――最期に、少しなら平気か?
ふと、甘い思考が過った。同時にそれを諌める声が聞こえてくる。
二つの想いは、どちらも同じくらいの強さで鬩ぐ。
―――――そして、俺は誘惑に負けた。
「なぁ、皆……」
血と共に言葉を吐き出す。
《魔王》ではなく、《俺》として。最期に、皆に伝えたかった。
「皆は、俺といて幸せだったか?」
突如として変わった口調、そして意味の分からない話に皆が怪訝に眉を寄せるのが見えた。
苦笑いをして、言葉を続ける。
「俺は、幸せだった」
凄く、幸せだった。まさに言葉では表せないほどの幸せを、日々感じていた。
「俺が死ぬのは、皆のせいではない。だから、気にしないでくれ」
―――――気にすることは、ないだろうが。
内心、自嘲しながら、しかしすぐに思考を切り替える。
「俺のせいで巻き込んでしまって、すまなかった」
焼けるように熱い胸が、遠くなる意識が残り時間を鮮明に伝えている。
―――――あと少し、あと少しだけ持ってくれ。
俺は、荒い呼吸を必死に整え、息を吸い込み、震える手を伸ばす。
最期は、笑顔で終わらせよう。
「皆、大好きだ。幸せになってくれ」
霞む視界の中、皆の顔が驚愕に染まるのが見えた。
かと思えば、次の瞬間にはまるで断線したかのように唐突に視界が黒一色に染まる。
力の抜けた手が床に落ちて衝撃と、微かに乾いた音が伝わる。
―――――最後、上手く笑えていたかな……?
ふっと疑問が過り、そして―――――
俺の意識は、闇に溶けた。
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