友達だから

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それから数日後、まさかのお誘いの連絡をもらった。 仕事終わりに一緒にご飯を食べに行こうというお誘いで、もらった瞬間に顔が綻んでしまった。 嬉しい。純粋に、嬉しい。 携帯の画面を見て、笑みを浮かべてしまうくらいには嬉しいのだ。 でも、すぐに返事を返す気持ちにはならなかった。 どうしてだろう。すごく嬉しいのに。 向こうには既読と表示されているだろう。私からの返事を今か今かと待ってくれているかもしれない。 早く返事をしなければ。 『嬉しい』と。『行きます』と。 伝えなければ……。 「あら、なにずっと固まってるの?」 いつもの如くリビングで携帯を眺めていた私に、椿が声を掛けてきた。夕食を食べ終わり、お風呂あがりの椿がカップアイスを持ってきて、私の目の前のソファに腰を下ろした。 「なんでもないよ」 「そう? なんでもない顔してないけど」 椿が目を細めながら言ってくるから、つい「え?」と声を出してしまった。内心動揺してしまっているけど、おそらく椿には伝わっていない。っていうか、伝わらないで! そんなにあからさまににやにやしてしまっていたのかな。 椿は鋭いから……気を付けないと。 バニラアイスの蓋をゴミ箱に捨てながら「ええ、すごい思い悩んでそうな顔してる」と椿は言った。 「え?」 純粋に疑問の声を上げる。 自分ではにやけていたと感じていたのに、まさか思い悩んでいるように見えたとは思わなかった。 「あれ? 違うの?」 「う、うん。どちらかというと、いいことあった方なんだけど」 「……へぇ、そうなの」 前まではうるさいほどに聞いてきたのに、最近は素っ気ない。 その一言を言い終えると、テレビを見ながらアイスを食べ始めた。 変につっこまれなかったことにホッとした半面、少し寂しい気持ちになりながら自分の部屋に戻ろうと、立ち上がる。 椿に背を向けて歩を進めた瞬間、優しく諭すような声が聞こえた。 「自分の気持ちに嘘だけはついちゃ駄目よ。それは変わることと違うからね」 何も返事をせず、私は自分の部屋に続く階段を上がった。 無言で去った私に、椿は何も言ってこなかった。  
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