夢にまで見た

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「全然そんなんじゃないですよ。小さい頃の初恋の相手で。それも幼稚園の頃の話なので」 「あ、そうなんだ。なら……よかった……」 本当にホッとしたように息を吐いて笑う姿に、普通なら微笑ましくなるか照れて笑うかそんな感じになるはずなのに。そんな岩田さんを見ても、顔がひくりとも動かなかった。 ああ、もう。やっぱりそうだ。 どこに居たって、誰と居たって頭を過るのは……誰かなんて分かっていた。 岩田さんと今日会えば違うかも、なんて思っていたけど……やっぱりそうだ。 「あ、ごめん。独り言だから気にしないで。なんか頼もうか」 優しい。ふんわりと笑って、優しくて。バスの時もこんな私にも親切で。 王子様みたいな人だなって、靴を取ってもらった時は思っていた。見えないけどキラキラとしたオーラを放っていて、素敵な人だなって。 でも、あの輝きを感じたのはほんの一瞬で……あっという間にその輝きを感じ取れなくなっていた。 どんな人を見ても、私の瞳に浮かぶのはいつも……決まってひとりの人なんだ。 「あの、会っていきなりこんなこと言うのもどうかと思うんですけど、会うのは最初で最後にしませんか……?」 「え?」 そう告げると岩田さんは数度瞬きを繰り返して、首を傾げた。 会って早々こんなこと言うのも失礼だと思う。でも、早く言わないといけないと思ったんだ。何も言わずに今日が楽しい一日になって、また会おうという約束を断るのは申し訳なさすぎる。 まあ、言われない可能性の方が高いかもしれないけど……。 「急にこんなこと言って、すみません。岩田さんはとても優しくて良い人だなって思うんですけど、どうしても……忘れられない人がいるんです」 そう告げれば岩田さんの顔が曇っていく。 「それはさっきの彼……?」 遠慮がちに聞かれた言葉にゆっくりと首を横に振った。 「違います……。さっきの人には似てるような似てないような人なんですけど、私は自分の都合でその人から離れて行って……本当に勝手な話なんですけど……その人のことが忘れたくても忘れられないんです」  
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