街灯のオレンジは飴玉みたいで

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 故郷の駅へ着くと見慣れた景色が私を包んだ。澄んだ空気を吸い込んだら、胸が締め付けられる様な思いがした。そして止むと思っていた雨は止んでなかった。この駅で降りた乗客は私一人だけで、誰もいない駅は少し不気味だったが、私はそこで雨が止むのを待つ事にした。改札を抜けた待合室は木造で、雨の音がよく響く。私はベンチに座り、外の水たまりに広がる波紋を見つめていた。遠くに見える街灯のオレンジは、雨に溶けて濡れた地面に落ちる。そしてそれらが光ってこちら側へ伸びている。  小学生低学年の頃、雨の日にアトリエへ習いに行った日だったと思う。帰り道、同じように濡れた地面に滲んだ街灯の光をいくら追いかけても踏むことは出来なかった事を思い出した。街灯の真下まではいくら追いかけても光は逃げて行く事を発見した。今ならこの理屈は簡単に理解出来てしまう。  そんなことをふと思い出していたら待合室に一人の少女が入ってきた。小学校三、四年生くらいだろうか、少女は傘を差していたが、もう一つ傘を手にぶら下げていた。少女は私と目が合うと、ベンチの一番端に座った。誰かを待っているようだった。誰もいない駅に二人だけでいるのが少し気まずく、私はまた水たまりを眺めた。  程なくして踏切の音が鳴ると少女は改札の方を見つめ立ち上がった。電車が到着しサラリーマンと思われる乗客が二人ほど降りたが、待っていた人ではなかったようだ。少女は少し恥ずかしそうな顔をして、おとなしく座りなおした。私は目があったが、またすぐに外を眺めた。  暫くするとまた踏切が鳴り、先程とは逆の方向からの電車が来た。少女はさっきの失敗からか、立ち上がらずに改札に目を向けた。すると一人の女性が降りてきた。少女は今度こそ立ち上がり近づいていった。きっと母親だろう、傘を渡し二人並んで待合室を出ていった。  少女は帰り際に振り向いて、また私と目があった。ここから後ろ姿を眺めていると、濡れた地面に反射して伸びた光にも少女は追いつけていた。  親子が帰った十数分後、雨はまだ若干降っていたものの、もう小雨に変わってきていたので私も待合室を出た。  帰り道の車も人通りも少ない道は、東京と比べて静か過ぎる。見上げれば、小さくなった雨粒は、風に煽られてキラキラと舞っていた。  
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