11人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
「だったら――」
笹本は、その細く鋭い目つきで嶋田を見据え、表情を変えぬまま言い放った。
「潰しちまえばいいじゃないですか」
嶋田が言葉を飲み、笹本が続ける。
「冴島さんは、シュートでやらせるって事で俺たちを引っ張ったんですから。道場で可愛がるより、リングで潰してやればいいんですよ」
「そ…そうだけどよ、お前ぇ」
「もっとも冴島さんのことですから、旗揚げ戦は無難にキャリア順でカードを組む可能性が高い。そうなれば憂木と当たるのは――」
笹本の右眉がぴくりと吊り上がった。
「お前ぇ、当たったところで勝つ自信があんのかよ」
ふん、と軽く鼻を鳴らし、今度は口元を吊り上げる。
「ええ」
嶋田は完全に、笹本の放つ空気に飲まれていた。
嶋田がそうである様に、WWWには相撲出身者が圧倒的に多い。それは、社長であるストロング大原の意向だった。体格の大きな選手を集め、外人レスラーと迫力のある試合を観せることが、プロレスの醍醐味である――その方針で運営されてきたWWWは、実際に隆盛を極めてきた。
その中で異端ともいえた、笹本の存在。打撃系格闘技の経験者であり、180cm、80kgの体格は、均整こそ取れているものの、他の大型レスラーから遥かに見劣りするほどの細さである。
冴島が先に声を掛けたのは、笹本だった。いつまでも中堅どころに留められ、会社の待遇に不満を抱いていた嶋田は、半ば自ら冴島へと売り込んだ形で、新団体への合流を決めたのだった。
もちろん、嶋田も喧嘩は強かった。その巨体に任せた圧倒的な暴力は、それ以上の体躯を持つ外人レスラーをも屈伏させる程だった。
笹本の強さは、全く異質の物だった。嶋田の強さは例えるなら、獰猛な羆であるのに対し、笹本のそれはしなやかな豹、といった趣がある。
体格的にも、この笹本と憂木の対戦が組まれる可能性は高い。そして、この男なら――嶋田は直感した。
こいつなら、本当に憂木を潰すかもしれない。何の躊躇いもなく。
最初のコメントを投稿しよう!