二章 ~矜持~

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  「だったら――」  笹本は、その細く鋭い目つきで嶋田を見据え、表情を変えぬまま言い放った。 「潰しちまえばいいじゃないですか」  嶋田が言葉を飲み、笹本が続ける。 「冴島さんは、シュートでやらせるって事で俺たちを引っ張ったんですから。道場で可愛がるより、リングで潰してやればいいんですよ」 「そ…そうだけどよ、お前ぇ」 「もっとも冴島さんのことですから、旗揚げ戦は無難にキャリア順でカードを組む可能性が高い。そうなれば憂木と当たるのは――」  笹本の右眉がぴくりと吊り上がった。 「お前ぇ、当たったところで勝つ自信があんのかよ」  ふん、と軽く鼻を鳴らし、今度は口元を吊り上げる。 「ええ」  嶋田は完全に、笹本の放つ空気に飲まれていた。  嶋田がそうである様に、WWWには相撲出身者が圧倒的に多い。それは、社長であるストロング大原の意向だった。体格の大きな選手を集め、外人レスラーと迫力のある試合を観せることが、プロレスの醍醐味である――その方針で運営されてきたWWWは、実際に隆盛を極めてきた。  その中で異端ともいえた、笹本の存在。打撃系格闘技の経験者であり、180cm、80kgの体格は、均整こそ取れているものの、他の大型レスラーから遥かに見劣りするほどの細さである。  冴島が先に声を掛けたのは、笹本だった。いつまでも中堅どころに留められ、会社の待遇に不満を抱いていた嶋田は、半ば自ら冴島へと売り込んだ形で、新団体への合流を決めたのだった。  もちろん、嶋田も喧嘩は強かった。その巨体に任せた圧倒的な暴力は、それ以上の体躯を持つ外人レスラーをも屈伏させる程だった。  笹本の強さは、全く異質の物だった。嶋田の強さは例えるなら、獰猛な羆であるのに対し、笹本のそれはしなやかな豹、といった趣がある。  体格的にも、この笹本と憂木の対戦が組まれる可能性は高い。そして、この男なら――嶋田は直感した。  こいつなら、本当に憂木を潰すかもしれない。何の躊躇いもなく。
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