11人が本棚に入れています
本棚に追加
すっと襖が開き、二人の足下に男が現れた。
「あっ…、先生」
夏目と憂木は、寝転んでいた体制から、慌てて男に向き直る。
男は優しげな、それでいて隙のない眼差しで二人を見やると、部屋へと足を踏み入れた。
「失礼しますよ」
畳に座した二人の正面に、男はゆっくりと膝をつき、正座した。
背筋をぴんと張り、軽く握った両の拳を膝の上に置いている。正しく、美しい正座だった。
男の纏う気が、この部屋を既に支配している。
名を、早坂正徳という。
早坂の口が、静かに開いた。
「憂木さん」
「はい」
「今更この様な事をお訊きするのは、滑稽に思われるかもしれませんが…敢えてお尋ねしたい。
貴方は――」
早坂の眼が鋭さを見せた。
「なぜ当道場をお選びなさった」
夏目に誘われた――そんな単純なきっかけではないことなど、この男には見抜かれている。憂木は瞬時に悟った。
「俺は…打撃、関節技、投げ技、全てを極めたい。
どんな技も知っておきたいし、自分の物にしたい。
そして…新団体の中だけじゃなく、この地球上で、誰より強くなりたいんです」
あまりに純粋で、壮大で、現実味のない夢――傍らの夏目は失笑しかけた。だが、表情を変えず憂木を見据えたままの早坂を見たことで、慌てて真剣な表情を作った。
「強さ、とは」
「…素手で、一対一の戦いで、勝つことです」
「それは、実戦を想定してのことですかな」
「実戦…」
「路上での格闘において、勝つということは…相手が戦意を失うまでやり続けること。
状況によっては、負けを認めぬ相手に最後までダメージを与えなければなりません。
憂木さん…貴方に、人を殺める覚悟はおありかな」
最初のコメントを投稿しよう!