二章 ~矜持~

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   すっと襖が開き、二人の足下に男が現れた。 「あっ…、先生」  夏目と憂木は、寝転んでいた体制から、慌てて男に向き直る。  男は優しげな、それでいて隙のない眼差しで二人を見やると、部屋へと足を踏み入れた。 「失礼しますよ」  畳に座した二人の正面に、男はゆっくりと膝をつき、正座した。  背筋をぴんと張り、軽く握った両の拳を膝の上に置いている。正しく、美しい正座だった。  男の纏う気が、この部屋を既に支配している。  名を、早坂正徳という。  早坂の口が、静かに開いた。 「憂木さん」 「はい」 「今更この様な事をお訊きするのは、滑稽に思われるかもしれませんが…敢えてお尋ねしたい。 貴方は――」  早坂の眼が鋭さを見せた。 「なぜ当道場をお選びなさった」  夏目に誘われた――そんな単純なきっかけではないことなど、この男には見抜かれている。憂木は瞬時に悟った。 「俺は…打撃、関節技、投げ技、全てを極めたい。 どんな技も知っておきたいし、自分の物にしたい。 そして…新団体の中だけじゃなく、この地球上で、誰より強くなりたいんです」  あまりに純粋で、壮大で、現実味のない夢――傍らの夏目は失笑しかけた。だが、表情を変えず憂木を見据えたままの早坂を見たことで、慌てて真剣な表情を作った。 「強さ、とは」 「…素手で、一対一の戦いで、勝つことです」 「それは、実戦を想定してのことですかな」 「実戦…」 「路上での格闘において、勝つということは…相手が戦意を失うまでやり続けること。 状況によっては、負けを認めぬ相手に最後までダメージを与えなければなりません。 憂木さん…貴方に、人を殺める覚悟はおありかな」
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