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言葉通り、身も心も襤褸雑巾のように絞られた後、憂木はやっと夕飯にありつく。胃袋がそれを受け付けようとしないが、彼は構わず口中へと放り込む。
戻しそうになるのをこらえながら夕食を終えると、憂木はすぐに外出の支度を始める。
地元の会場で行われる、プロレス興行に出場するためだった。
会場とは言っても、日本の様に体育館を借り切って興行をする訳ではない。
人口5千人ほどの小さな町にある、屋外の常設リング。そこで毎週水曜と土曜に行われるチャリティー興行が、憂木のホームグラウンドだった。
出場するレスラーの殆どが、ボックの教え子である。リング上には華やかさこそないものの、グラウンドポジションや関節の取り合いに、地元客はビールを手に、好き勝手な野次を飛ばし、盛り上がる。
憂木はいつも、その日ボックに極められた技を、リングの上で試していた。相手の動きが読めず、仕掛けるのに苦労する。
『分かってるよ、お前のやってみたい技はアレだろう?』
相手の眼が笑っている。お前の今居る所は、俺たちが何年も前に通り過ぎてきた場所さ。そう笑っている。
憂木は、その裏をかく。右手首を捕りにいくポーズを見せながら身体を反転させ、左足首を極めにいく。
そこまでの動きを読んだ相手は、さらに自身の体を半転させ、憂木の左足首のアキレス腱を捕らえる。
憂木はそれを極められまいと、足首を抱えたまま腰を上げ、スタンドでアキレス腱を極めにいく。
サブミッションの応酬を、憂木は、そしておそらく対戦相手も、心底楽しんでいる。
同時に観客も、大きく湧いている。
観客に支えられ、自分が強くなっていく――。憂木は、そんな錯覚に襲われていた。否、錯覚ではないのかも知れない。
これが、プロレスなんだ。
JWAが、日本のプロレスが、間違っているんだ――。
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