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ボック邸のガレージに組まれたリング。そこには、幾多の男達が作ってきた、無数の血と脂汗の染みがこびり付いている。
憂木はそのマットの上に居た。コーナーポストに背を預けたまま、やがて開かれるその扉を見つめている。
Tシャツを脱ぎ、レスリングシューズも穿かず、彼は黒のスパッツ一枚のみの姿であった。
スッとノブが回り、ドアの奥から冴島が姿を見せた。
黒いショートタイツに、黒いリングシューズを身に着けていた。シューズには、レガースと呼ばれる脛当て、そしてニーパットが装着されている。
憂木は、冴島の身体を目にした時、困惑と落胆の混じった表情を露わにしていた。
冴島は、でかかった。見る者を圧倒する、肉の量であった。が、余分な脂肪が付き過ぎている。その腹に、腕に、太腿に、大きなたるみが見てとれた。
薄い脂肪を残しながらも、鍛え上げた憂木の肉体とは、対照的である。
冴島、191cm。体重はおそらく、120kgをゆうに超えているだろう。
憂木、179cm。体重は94kg。彼にとって、理想的なウエイトであった。
ウエイトだけではない。筋肉の伸縮性、反応の速さ、精神のバランス……全てが、ベストコンディションの状態にあった。
体格差はあれど、運動量とスタミナでは明らかに勝っている。この男に、負けるはずがない。
憂木は、そう思っていた。
傍らに、ボックの姿があった。
リングから少しだけ距離を置き、腕組みをしたまま、愉しげな笑みを浮かべている。
憂木はその表情を見た時、ふとボックが遠い存在に思えた。
「よっしゃ」
リング上にのっそりと現れた冴島は、やはり巨大きかった。
二度、三度と軽くジャンプを繰り返し、呼吸を整え、そして構える。たったそれだけの所作が、見事に様になっている。
さすが、魅せる事を生業としてきたプロである。
憂木は、ほんの一瞬、冴島に圧倒された。いや、魅せられた。そして、それを打ち消す様に、冴島への闘争心を燃え上がらせた。
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