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辺りはもう暗闇で、足元もろくに見えたものじゃない。
野で寝るしかないか
そう諦めかけた時であった。
「―あ…。」
木々の茂る森の奥に、小さな灯りを見つけた
ズンズン進んでいくと、灯りはどんどん近く、大きくなってく
―――民家だ!
そう確信したときには駆け足になっていた。
嗚呼、これは神の慈悲であろうか。人気のない森の奥に、小さな家がポツンとたたずんでいる。
家主は留守であろうか、灯りはついていても、ばかに静かだ。
「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?道に迷ってしまいました。一晩泊めて頂きたい。」
返事はない。
やはり留守か。
「あら?どちら様?」
諦めかけたその時、背後からか細い女の声がした。
振り向いたとき、ヒュッと息をのんだ。透き通るような白い肌、血のように赤く艶やかな唇、長い睫毛をした妖艶な瞳、それこそこの世の者とは思えないほど美しい女性が赤いかさをさして私の後ろに立っていたからだ。
「私の家に、何か用かしら?」
透き通った声だった。
「せ、拙者、決して怪しいものでは…」
「そんなこと聞いていないわ。わかっているわよ。迷子になられたんでしょう?」
「え…聞いていたのですか…?」
「いいえ。でも、この森ではあなたみたいな方は珍しくないわ。いらっしゃい。中に入りましょう。このままだと風邪をひいてしまうわ。」
変わった女だ。しかし、彼女の親切にはとても感謝をした。彼女のおかげで野で寝ることを回避できたのだから。
それからも彼女は私に色々尽くしてくれた。
雨で濡れた着物を脱がし、新しい着物を貸してくれたり、冷えた体にありがたい温かい菜っ葉の雑炊などをご馳走してくれた。
「今日は泊まっていらしたら?」
そう聞かれ、少したじろいだ。私には妻も子供もいる身。
そんな私が見知らぬ女とひとつ屋根の下で一夜を過ごすとなると思うと…
「えぇ、そうさせて頂きます。今日は随分とひどい雨ですからね…。参りますよ。」
下心などない。しかし、外は大雨だから、室内に越したことはないから仕方ないのだ。
「この雨は、あなたを歓迎しているのかもしれませんわ。」
「え…?どういう意味ですか?」
女は、クスリと笑った。
「いいわ。今夜はその話を酒の肴にでもして飲み明かしましょう。」
歯と歯の隙間から見えた真っ赤な舌が、まるで獲物を捕えんばかりにチロチロとうごめいていた。
ぞくりとした。
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