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そう言うと、優里は更に目に涙を溜めて、スーツの裾を強く握った。何か言いたい様子の優里を素っ気なく置いて行くのは可哀想だが仕方ない。
勤務時間はとっくに過ぎていて、社長から下された残業命令の為だけに三人残っていたのだ。徹夜続きな俺は睡魔が度々瞼を瞑らせようとして、起きているのがやっとの状態。体力は底を尽きそうで、早く家に帰って体を休めたい。
「またね、小杉さん。コーヒーありがとう」
ーー俯いていた顔を上げた優里は、さっきまでの暗い表情が嘘のように頬を紅潮させ明るい笑顔で頷いた。俺は安堵し、鞄を持って編集室を出た。
大理石で作られた綺麗な長い廊下を歩いていくと、左右にはいくつもの部屋が目に留まる。印刷室や会議室……どの部屋も明かりが消えていて、社員が慌ただしく行き来する昼間の賑わいはない。
この会社に入社して一年経つが、残業した夜の寂しい空気はいつも居心地が悪いものだ。押し潰されそうな不安感に喉を鳴らし、再び歩き出した。
そして、辿り着いたのは藍色を基調とした、これまたオシャレな鉄製エレベーターの前。俺はエレベーターに乗り込み、躊躇う事なく一階に降下するボタンを押した。
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