1876人が本棚に入れています
本棚に追加
「…茜…そろそろ帰るよ」
ベットで毛布にくるまったままの私の頭をクシャクシャっと撫でて微笑む蓮を、私は引きとめる事も出来ず、黙って頷く。
細くて綺麗な指先で、私の唇を撫でながら
「また来るね」
切なげな目で呟く蓮。
私もその指をそっと甘噛みする。
蓮が帰る時の無言の約束。
蓮との関係はもう8年目。
大学を卒業して、就職した会社の上司だった。
端麗な顔立ちと、どこか冷めたような目に強烈に惹かれて、ずっと意識してた。
会社の飲み会の帰り道、同じ方向だからと乗り合わせたタクシーの中で、私から誘った。
奥さんがいる事も解ってたけど…
あの頃の私は、とても蓮が欲しかったから。
だけど3年目あたりに、蓮の家庭を壊すなんて無理だって悟ってから
社内の家族イベントで、蓮の奥さんに会うのが嫌で、会社を辞めた。
普通になんか出来ないくらい、私は蓮を愛してたから。
蓮の家はここからあと2駅先。
仕事の帰りに時々会いに来て、私を優しく抱いて、そして蓮はあの奥さんの待つ家へと帰って行く。
それでも蓮がこうして私に会いに来てくれるだけでいい。
何も望まない。
蓮の心の片隅に、少しでも私がいられるのならそれ以上は望まない。
気が付いてみればもう30歳の私。
もう今更新しい恋なんてめんどくさい。
蓮がいればそれでいい。
蓮が帰る後ろ姿を見つめながら私は蓮の指が触れた唇を噛んだ。
最初のコメントを投稿しよう!