失った心

5/5
前へ
/65ページ
次へ
オフィスで働くのは、なんだか懐かしい緊張感で新鮮な気分だった。 前に働いてた会社でも経理課だったけど、思ったよりまだ勘が鈍ってなかったようで、教えられた仕事の内容は、比較的すんなりと頭に入って来る。 「神崎さん、なかなか覚えがいいみたいね」 相川課長に褒められると少し嬉しいと思ったりもする。 夢中になって数字の羅列と格闘していたら、あっと言う間にお昼になった。 「神崎さん、一緒にランチ行かない?」 「…あ、はい」 早速同世代と思われる栗原さんに誘われて一緒にランチに出かけた。 会社から5分くらいのイタリアンレストランのランチを食べながら、栗原さんはこの会社の内部事情を事細かに教えてくれる。 相川課長が専務の愛人で、茂木さんは社長の知り合いの娘さん。 この会社の社長は、なかなかのやり手だけど離婚歴があるとか… 派遣で入ってる割に、ものすごい事情通のようだ。 「栗原さんずいぶん詳しいんですね」 私が言うと、栗原さんはまたクシャっと笑って 「実は総務に彼氏がいるのよ」 と自慢げに言った。 …彼氏…ねぇ… 「神崎さんは彼氏いないの?」 「…いませんよ」 「えーそうなの?その歳で寂しくない??」 …悪い人じゃないんだろうけどあまり触れて欲しくない所にズカズカと入って来る栗原さんが疎ましく感じてしまう。 「あ!あとね、社長の息子が副社長なんだけど、茂木さんが猛烈アピールしてるから、絶対近寄らない方がいいわよ。 前の子も、それが原因で派遣切られたからね」 「そうなんですか…ご忠告ありがとうございます」 蓮と翔也を失ってから、私はもう恋愛なんてする気は全くなかったから、あまり興味のない話だった。 今はとにかく…この仕事で常駐派遣から社員登用制度を目指して頑張るしかない。 ひたすら喋り続ける栗原さんに適当に相槌を打ちながらお昼休みを過ごした。 …明日からはまたお弁当持参しよう…。 この人と毎日ランチしてたら疲れそうだ…。 すっかり心を失くした私は、どうやら人付き合いも苦手になってしまっていた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1876人が本棚に入れています
本棚に追加