記憶

2/6
前へ
/65ページ
次へ
経理の仕事を始めて1週間もして来ると、この会社は、ソフトウェアの開発をメインにしているけれど、輸入雑貨や家庭用品まで、本当に手広く何でもやっている会社なんだなと感心した。 中でも開発部はこの会社の一番の花形部署らしく、領収書の数も金額もかなり派手だ。 「神崎さん、大変だと思うけど開発部の経理をメインでやって欲しいの」 相川課長の指示で私は開発部の経理担当をする事になった。 「開発部担当になると残業増えるわよ」 と栗原さんは眉をひそめて言っていたけど、家に帰っても何もする事がない私には残業は大歓迎だ。 その日から早速私は残業しなければならない程の領収書と計算書の束を渡される。 「ふふっ…神崎さん、入ったばかりなのに可哀想ぉ」 茂木さんが、鼻で笑って巻き髪をクルクルと指でいじりながら言った。 …なるほど、こりゃ栗原さんが嫌うのも解るな。 夕方5時になると、斉藤くんも茂木さんも、当然栗原さんもサッサと荷物を持って会社を出て行った。 「神崎さん悪いわね、終わったら私のケータイに連絡入れて。 ちょっと専務に呼ばれてるの」 相川課長がニコリと笑いながら言ったので、 「大丈夫です。では終わったら連絡入れます」 私はそう言って、計算書の束をペラリと開いた。 相川課長が出て行った経理課の部屋の中には、数字をひたすら入力するキーボードの音だけがカタカタと響く。 こうやって忙しく仕事が出来る事は、私にとって本当に救いになる…。 蓮の事も翔也の事も思い出さなくて済むから…。 やっと、あと3枚だ。 そう思って時計を見ると、もう7時を回っていた。 …疲れたなぁ… 肩をトントンと叩いて、再びパソコンに目を向けた時、 経理課のドアが開いて誰かが入って来た。 私はパソコンからドアの方に振り返る。 そしてそのまま固まった…。  
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1876人が本棚に入れています
本棚に追加